エジプトファラオの永遠の命 その2

   (その1からの続き)

 数多くいる王の子供の中に、テサケウムという名前の息子がいた。いつも宮殿のなかの薄暗い図書館にいて、パピルスばかり読んでいた。大王の図書館は巨大であった。大王の力で集められるだけ集めた記録、書物、粘土板、石板が数十の部屋に分かれて保管がしてあり、さらに次々と運び込まれる資料の山で、図書館専門の何名もの書記がいくら働いても整理はいつまでもつかなかった。エジプトの神々の記録、古い伝説の時代からはじまる歴代の王の記録、有力な宰相や書記の記録、エジプト全土の地誌、遠くヌビアやシリア、メソポタミアから運び込まれた資料、通商記録、数学、天文学、建築学、旅行記、文学、哲学、植物動物の記録からその料理法、文字の教則本までも、それまで世界で記録されていたすべてのものが、人間が一生かかっても到底読み切れない膨大な記録が図書館にあった。テサケウムは物心ついて文字を教えてもらって以来、空気の淀んだ薄暗い図書館に朝から晩まで入り浸り、資料を読みつづけた。太陽の光を浴びないことが幾日も続くことなどテサケウムにはよくあることであった。

 ある日、それはエジプト庶民の守り神である陽気なベス神のお祭りの日で、朝っぱらから勝手にベスに扮した人々が町を練り歩き、飲めや歌えの大騒ぎに都中が浮かれている日のことであった。宮殿の多くの者が祭りの見物に出かけた中、テサケウムはいつものように図書館にこもり、古いパピルスの束を調べていた。その中に、幾枚ものパピルスが無造作にぐるぐる巻きにされ、すでに長い年月がたっていたのであろう、1枚1枚引きはがそうにもぼろぼろに崩れてしまう束を見つけた。その中に、色あせのない真っ白なパピルスが1枚紛れているのに気が付いた。周りに付着した腐ったパピルスを丁寧にはがしていき、まずその白いパピルスの冒頭の部分をきれいにした。まるで今パピルス職人ができたてを手に取ったばかりのような、白い色だった。テサケウムはパピルスを読みだした。それはそれまで彼が見たどんなパピルスとも違っていた。かなり古い時代のものであるらしく、見たことのない文字が混じっていて全部を解読することができない。テサケウムは飛び石のように文を読み、パピルスの汚れをさらにかき落としながら全体を引き延ばした。パピルスには傷や虫食いの後は全くなく、真新しいパピルスの澄んだ香りがして、美しく力強い文字はまるで今しがた書き上げられたばかりのようであった。しかしパピルスは、何かで切られたように突然途切れていた。続きがあるに違いがなかった。テサケウムはじっと考えた。切れ切れに読んだ中には、トト神の文字があった。永遠の命、という部分もある。古い書物であるはずなのに、古びていない。それどころか今生まれたばかりのようなパピルスに見える。普通ではありえないことだ。この書には多分魔法がかかっている。それも尋常の魔法ではない。もしかするとこれは昔聞いたトト書かもしれない。伝説では、この書を読んだものは強い魔力を得て、すべての生き物を思い通りにし、ナイルの流れ、天や地でさえ自在にできるのだという。さらにはこの世での永遠の命を得ることができるようになるという。テサケウムの脈は早鐘のように打ち出し、手は震え額に汗がにじんできた。父なる大王にすぐに報告しなくては。テサケウムはそのパピルスを持って立ち上がった。

 テサケウムは大王の居場所を探した。それはすぐに見つかった。宮殿の一番広い大広間で、ベスの祭りにあやかって、外国からの使節たちや町の有力者を呼んでの大宴会をしているとのことであった。入口付近には出し物の準備をしている曲芸師や楽器演奏者、べス神の真似をしているおどけ者達が順番を待ってごった返していた。テサケウムが大広間に入ろうとすると入口で複数の衛兵に止められた。
「この先には許された者しか入ることができません」
「わからないのか。私はアセンメト大王の息子テサケウムだ。大王様に急な用事がある。」
「テサケウム様、あなたが大王様に入場を許可されたとは聞いておりません」
「しかし用事がある」
「ちょっと待ってもらえますか」
衛兵の一人が室内に合図を送った。その脇を出番が来た曲芸師達が入っていき、代わりに真っ赤に上気した踊り子達が出てきた。テサケウムは邪魔にならないように壁際に立っていた。
そこに大王の秘書をしている書記が現れた。
「いったい何の用だ」
「私は大王の息子テサケウム、大王様に至急の用事がある。」
「何?テサケ?・・何と言ったかな」
「テサケウムだ。大王さまに用事がある。」
「いったいどこの誰だ?まあ良い、大王さまにことづけしてやろう。どういう用件かな。」
「・・・パピルスです。図書館で、あるパピルスを見つけました。古いのに新しく、書きたてなのに読むことができません。永遠の命についてのトト書かもしれません。」
「何をばかなことを。古いのに新しく、書きたてで読めない、とな。」書記は笑った。
「よかろう、これも余興の一つかもしれん。大王さまに伝えよう。」
扉の隙間から、曲芸師にやんやの喝さいを送る人々の頭上、はるか遠くの壇上に、きらびやかに着飾り、額には上下エジプトの蛇と禿鷹の黄金の印をつけてたアセンメト大王が、ちらりと見えた。テサケウムはがっかりして退出した。


 その日が暮れてからのことであった。祭りの騒ぎが遠くに響く中、図書室でテサケウムがろうそくの明かりでそのパピルスをみていたとき、衛兵が図書室にやってきた。
「テサケウム殿。例の書物を持参せよとの、大王様のご命令です。」
テサケウムは驚いて立ち上がり、パピルスを持って、兵士の後をついていった。宮殿の中の迷路のような通路を通り、王専用の部屋に案内された。入口の衛兵は、今度は体を脇にずらしてテサケウムを通した。部屋の中にはアセンメト大王が普段の服装で椅子に座り、その前には先ほどの秘書である書記が立っていた。宮殿内の宴会は続いているらしく、遠くに楽器や歌声、笑い声が響いていた。テサケウムは部屋に入るなり床に平伏して型どおりのあいさつを始めた。
「これは大王様にあられましてはお健勝このうえなく、お慶び申し上げます。」
書記が言った。「大王さまはそなたの言ったトト書とやらにご興味がおありだ。持参したか。テサケ・・・何と言ったかな?」
「テサケウムです。ここにお持ちしました。」
「見せてもらおう。」
書記はテサケウムからパピルスを受け取り、胡散臭げな顔つきで広げてみた。そしてそれをアセンメト大王に渡した。「これがお話した、古くて新しい、書きたてで読めない書でございます。」テサケウムの方に振り返って訊いた。「いったいこれをどこで見つけたのか」
「図書館の、一番奥の、未整理のパピルスが乱雑に積んである棚です。その中の古い腐ったパピルスの束に紛れ込んでいたものです。かなり古いらしく、一緒に束ねてあったパピルスは完全に崩れてしまい、広げることすらできませんでした。その中に、この真新しいパピルスが紛れ込んでおりました」
「証拠はあるのか」
「崩れた古いパピルスの繊維がへばりついているのが、お分かりかと思います。多分この書もかなり古いものに違いありませんが、まるでできたてのパピルスのように白く、強く、よい香りがいたします。」

パピルスを見ていたアセンメト大王は顔をあげて大声で言った。
「守衛、いるか。扉を閉めよ、誰も入れるな。書記、お前は下がってよい。余とこの者の二人きりにせよ。」
書記は驚き、不承不承部屋を出ていった。部屋の扉が閉まると、外の喧騒は聞こえなくなった。テサケウムは小声で言った。
「この書には魔法がかかっているに違いありません。これほど古いものがこのように真新しい姿を保つなど、ありえません」
「書かれた文字は、あまり見かけぬものが混じっているな。」
「そうでございます。たとえばこれは、今は使いませんが、古いパピルスで見たことがございます。しかしこの文字などは見たことがございません。かなり古い時代のものでしょう。」
「これがトト書であるという根拠はなにか。」
「ここをごらんください。トト神、と読めます。この部分は、永遠の命、と読めます。この名を持つもの。ここのスペースは人の名前が入るのでしょうか。・・・汝の心臓、永遠、ラー神のふところ、」
テサケウムははっとして口をつぐんだ。読んでいた文字が黒光りし、動き出していた。しかしじきに文字の揺らぎはおさまった。テサケウムは顔をあげて大王を見た。大王はまだパピルスを持ったまま食い入るように見つめている。

しばらくののち、大王は話し出した。
「テサケ・・・何と言ったかな。」
「大王さまの息子テサケウムです。大王様自ら名付けてくださいました。」
「そうか・・・。テサケウムよ、お前は考えたことがあるか。我々人間はいずれ死ぬ、死んだあとは神々の審判を受け、死後の世界で生きながらえる。お前はどう思う。それが本当だと言い切れるか。誰も、死んだ後にこの世には帰ってきていない。本当に死後の世界があると言えるのか。おまえはどうだ。おかしいとは思わないか。そんなことは疑問には思ったこともないか。」
「いいえ、そのようなことは考えたこともございません。」
「なぜこのわしが、神と等しきアセンメトが、乞食と同様、ただ年老いて死なねばならぬのか。この世でできぬことは何もないこのわしが、なぜこの命だけはいかんともし難いのか。テサケウムよ、わしは近頃よく思い出すのだ。わしがまだ若くて国の統一の戦い途上にあったときのこと、一人の老人にあった。年齢は3000歳と言っていた。そいつは神の書物を盗み見たので、永遠の命を得たのだと言った。酔っぱらった、ほら話ばかりふく老人だと思っていたが、もしかするとそいつの言ったことは本当だったのかもしれぬ。テサケウムよ、行って、その老人を探してこい。町から町へと渡り歩くその酔っぱらいの老人をな。そいつがまだ生きておれば、これはまことのトト書かもしれぬぞ。」

 翌朝テサケウムはにわか仕立ての数十人の部下を引き連れて、祭りの翌日の百の門の都を捜索した。その老人はあっけなく見つかった。テサケウムの行く手の大通りの真ん中で、酔いつぶれて大の字になって寝ていたのだ。かなり昔からそのように往来の真ん中で寝てしまうので、ひんしゅくを買って町人には有名だった。その老人を起こし、年齢を聞くと、3000歳と答えた。嫌がる老人を何とか説得し、引きずるように宮殿に連れて行った。

 宮殿に入り、大王が待っていた部屋にくると、老人はさっそうと歩いて見せた。
「これはこれは大王様、大王様にあられましてはご機嫌麗しゅう、といいますか、お久しぶりでございますな」。
「おまえはあの時の老人か。あのときより若返ったように見える。」
「いかにも大王様、大王様と同じだけ、私も年を取りました。」
「名前は、何といったか。」
「私の名はネルフィル、永遠の命を持つもの、はるかな昔より生きてきた。多くの王に会ってきた。堂々たる王もいたが、みじめに殺された王もいる。あんたの悪さはたいしたことがない方だ。クフ王に比べれば。」
「クフとは、あの大ピラミッドの王、だったな。」
「いかにもそのとおり。クフは立派で、そして悪い王であった 上エジプトから下エジプトまで、彼の声は届き、思いつくかぎりの悪事をした。彼は神に等しかった。命に限りがあったことを除けば。この私もよく宮殿に呼ばれて話し相手をしたものだ」
「あいかわらずだな。年はいくつになる。」
「3000歳、と少々。」
そうして老人は笑った。
「本当におまえはあの時の酔っぱらった老人なのか」
「疑われるのもごもっとも、少し若返ったかもしれませぬ。お会いしたのはナイルのほとりの町、飲んだくれて歌を歌っておりました。

  大王虫けら 同じこと
  永遠(とわ)の命の
  書物があるのも知らないで

そして道に転がっていた私を、兵士が投げ飛ばしましたな。あとで王の宿によばれて語り合いました、下エジプトの情報をきこうとされたが、わしは何も知らなかった、違いますかな。」
「そうだ。よく覚えているな、たしかに、そうであった。今日もまた、客人としてもてなすためにここに招いた。杯をとられよ。」
「では。 大王様が、末永く長くラーの光で満たされますように。」
そして老人ネルファルは満たされたワインを飲み干し、遠慮することなく食事を食べだした。肉でも果物でも少々固い料理でも、塊のまま遠慮なくむしゃぶりついていた。しゃべるところを注意して見ると、老人の歯はきれいにそろっている。大王は驚いた表情を見せ、自分の顎を触った。すでに大王の歯は何本かが抜け、残りもぐらぐらしていた。食材は柔らかくなるまでよく火を通して、小さくしたものでなければ喉を通らなかった。大王は飲んでばかりいて、料理には手を付けなかった。
ネルファル老人は、あちこちの町の様子をひとしきりしゃべり、王宮付きの曲芸師の芸をみて大笑いして上機嫌だった。眠くなった老人は、寝床を所望した。それに女を一人。大王はあきれたように笑い、そのへんにいる好みの女を連れて行けと言った。

 翌日は朝から宮殿内でネルフィル老人は好きなように遊んでいた。舟遊びや美しい奴隷女たちとの他愛もない遊びごとで、たいていのことを大王は大目に見ていた。夜の会食ではネルフィル老はますます元気でよく飲み食べ、夜には女をさらに二人所望した。

 次の日、大王は小部屋にネルフィル老人とテサケウムを呼びつけた。宮殿の奥の暗い部屋で、何本かのろうそくがついていて、大きなテーブルが置いてあった。大王は人ばらいをし、部屋は3人きりになった。
 「ネルフィル老よ、わしの宮殿はお気に召したか。」大王が尋ねた。
 「偉大なるアセンメト大王にラーのとこしえの祝福あらんことを。素晴らしい宮殿だ。たいそう堪能させていただいた。これほど楽しんだのは、1000年ぶりかもしれませぬ。」ネルフィル老は笑った。
 「今回そなたを招いたのはひとつ聞きたいことがあっての事だ。そなたなら知っているのではないかと思ってな。テサケウム、これを広げてネルフィルに見せよ。」
大王は持っていた例のパピルスを、テサケウムに渡した。
テサケウムは老人の前の机に、パピルスを広げてみせた。
「ほほう、いよいよ本題というわけですな。」ネルフィル老はパピルスを見た。その顔から笑いが消えた。
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「うむ、これは・・・。これをどこで手に入れなすった。」
「図書室の、古い朽ちたパピルスの束と一緒に、くるまれておりました。」テサケウムは答えた。
「どうだ、何か知っておるのか。」
「・・・この書を昔見たことがあるようだ。・・・これは確かに、・・・私がトト神から盗んだ書物によく似ている、ただ・・・」
「ただ、何だ?」
「その時に私が見た書はこれほど短くはなかった。最後のところが途切れておりますな、ほら、ここのところは不自然な紙のきれ方をしております。しかし、もしこのパピルスが本物のトト書なら・・・」老人は急にパピルスを引きつかみ、テサケウムが止める間もなく両手で引き裂こうとした。しかし、いかに力を込めても破れなかった。ぐしゃぐしゃに丸めて机の上に置くとパピルスは自然にのびて、しわひとつない元の状態に戻った。
「大王様、お持ちの短刀でこのパピルスをお切りください。」
大王は護身用の短刀をテサケウムに渡した。テサケウムはネルフィルに催促されるまま机のパピルスに短刀を突き立てた。だが机に短刀は立たなかった。机の表面に傷はついたが、透かして見たパピルスには擦り傷すらついていなかった。次いでネルフィル老はパピルスを手に取り、ろうそくの火にかざした。しかし、すすが付いて黒くなるばかりで火はつかなかった。ネルフィルが自分の服ですすをふき取ると、元通りの白いパピルスがあらわれた。
「この書は、この世での永遠の命を得るための書物、神々が永遠の命を得るために使った書物に間違いない。このネルフィルも、3000年前にこの書物で永遠の命をいただいた。偉大なるトト神の書物だ。」

沈黙が落ちた。しばらくしてネルフィル老人は言った
「世界の始まりの時、トトはみずからの言葉を、多くの書物に記録した。時を刻み、この世の秩序を定めるための言葉の書物だ。その中に、生まれたばかりの神々の命を、永遠にするための書物もあった。それがあるとき人間に盗まれた。トトはそれを取り戻した時、バラバラに裂いて、エジプト各地にひそかに隠した。そう聞いている。その際、そのうちの1枚がうしなわれた、とも。あれは本当の話だったのか。これがその1枚なのかもしれませぬな。」
「ネルフィルよ、残りの部分を集めることは、できるか。」
「並大抵のことではないでしょう。」
「書物がすべて集まったにしろ、問題があります。」テサケウムが口を挟んだ。「ここには古い文字があって、今となっては読めませぬ、たとえば、ここ。汝の心臓に永遠の光をみちびき、ラー神のふところに抱かれ、ともにいきながらえ・・・この次の文字が・・・。」
文字が生き物のように黒光りしてうねりだした。テサケウムはあわてて顔をあげて二人を見た。大王と老ネルフィルはあたりをうかがっている。ろうそくの炎が揺れて、部屋の中は多数の黒い影がうごめいていた。しばらくのち、それは静かに消えた。ネルフィル老人が言った。
「この書の呪文は強力です。神の言葉をうかつに声にして読んではなりませぬ、何が起こるかわかりませんぞ。」
「ネルフィル老よ、お前なら読めるのか。」
「この老いぼれは、自分で読むことで、永遠の命を得ました。」
「ううむ、問題は、のこりの部分がどこにあるかだな。ネルフィルよ、何か知らぬか。」
「あまり多くは知りませぬ。」
「ほうびをとらせるぞ。財宝でも奴隷でも好きなだけ持っていくがよい。」
「ならびなき大王様のお尋ねでございます。このネルフィルの知っていることを残らず申し上げましょう。トト神はこの書物をいくつかの断片にいたしました。4つとも5つとも聞いています。それ以上はトト神といえども切れなかったようです。一つは上エジプトのネフベト神が持っている、とのこと、残りはオシリス神やトト神自身が持っているとも聞いていますが詳しくは存じませぬ。いずれにしても人間の手の届く所にはありませんな。」
「ほかには何か知らぬのか」
「何も知りませぬ。いや、そうだ思い出した、こういうことを聞いたことがあります。書物はエジプトの東、西、南、北にあると。またこうも聞いたことがあります、一つの書は、重くそして軽いものの下にある、と。」
「いったいそれはどういうことだ?ほかにはないか。」
「書を手にする者には災いがもたらされる、とも。」
「それだけか。」
「それだけ、ですな。」
「おまえは書を手にしたが、災いがもたらされたのか。」
「幸せがもたらされました。」
「では最後の言葉は嘘ということになろう。」
「トト神が書物を裂きながら呪いをかけたのかもわかりませぬ。」
「かまうものか。テサケウムよ、わが息子よ、よく聞け。
お前にトト書の残りを集めてくるように、お前の父なる上下エジプトの王、アセンメトが命じる。」
「ああ大王様、それは息子テサケウムには困難な仕事になりましょう。」
「まずは南、上エジプトの守護神、ネフベト神の神殿へ行っておうかがいをたてよ。老ネルフィルよ、一緒に行ってくれるな。」
「もはや知っていることはすべて話した。あとのわしは単なる酔っぱらいの老人じゃ、足手まといになるだけで何の役にも立つまい。しかし、トト書がすべて集まった折には、書物の読み方をお教えすべく、必ず宮殿に戻ってまいりましょう。」
「余の命令がきけないというのか。」
「きかなければ、私を殺してみますかな」
「ううむ、まったくおまえは仕方のない奴だ。都を離れるでないぞ。」

次の日、王の命令により、宮殿にいる100人の役立たずの息子たちによるにわか仕立ての軍団が編成された。戦争に行くわけではなく、正規兵は必要がないと思われたようだった。司令官はテサケウムであった。それまでの半生を薄暗い部屋でパピルスを相手にしてきた若者には、まったく不似合いなことであった。軍団の役立たずの息子たちにはいろいろな輩がいた。正直がとりえの小心者、知恵の足りない馬鹿者、たくらみにたけた嘘つき、快楽が生きがいの色男、尊大傲慢なけちんぼなど。まとまっての行動すらできず、軍団はいっこうに統制が取れなかった。だが大王の命令ならば、従わないわけにはいかない。役立たずの息子たちは大王と、司令官であるアセンメトに忠誠を誓った。ついで一行はアメン神の神殿へ出向き、旅の安全と成就を祈った。通りには見物の群衆が集まり、だらしない軍団を笑ったり、はげましたりした。
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 ナイルに用意された三艘の船で、一行は南へ、つまりナイルの上流へと向かった。船に乗ったり、帆をはったりの大騒ぎのあと、初めて本当の旅の目的が一行に知らされた。軍団の目的は戦いではなく、ただ書物を収集してくるだけのことで、目的は容易に達せられると思われた。「本当か、その話は」「なあんだ、それだけのために行くのか」「トト書はいくつあるんだ?」「全部を見つけるなんて、できるわけがない」「報酬はたんまり貰えるのだろうな」「早く帰りたい」「ネフベトの神殿は遠いのだろう?」「お祈りして帰ってくるのか?」「巫女は、いい女かなあ」
1日の行程が終わって船着き場についた後、すでに連絡を受けている町長の大々的な歓迎と宴会になった。一晩中大騒ぎして、翌日その町を出航する時には、さんざんにねだって贈り物をせしめる者もいた。幾日か過ぎただけで船は贈り物の荷物でいっぱいになってしまった。


ナイルから見える人家が減り、その向こうの砂漠ばかりが見える地方に入っていった。ネクベトの神殿のあるところは川沿いに小さな村があるきりであった。一行は船を降りた。大した歓迎があるわけでもなく、案内人を雇って神殿を目指して一行は歩き出した。道はすぐに砂漠に入った。はるかかなたの山並みのふもとに神殿はあった。そこまでたどり着くのに数時間は歩かなければならなかった。
普通の軍隊ならば大した距離ではなかった。しかしそれまでの安逸な生活になれていた者たちからは、脱落者が続出し、船に戻る者が後を絶たなかった。

砂漠が切れて山並みが迫ってきた。神殿は崖のふもとにあった。こじんまりと小さな神殿で、今は寂れて人影もなく、祭壇への上り階段に建物の装飾が落ちて散乱していた。テサケウムを先頭に、息子兵士たちの軍団は神殿の中に入った。「これはひどい」「どうなっているんだ、どうして手入れをしないんだ。」「「上エジプトの守り神が、この扱いか」大王様に報告しなくては」「巫女はどこだ、巫女はいないのか」
神殿の中は荒れていた。天井の一部が落ちて行くてを阻んでいた。気を付けながら奥に入っていくと、太陽光線が斜めに落ちる広間の奥に、禿鷹の像が見えた。神殿の主神ネフベトであった。羽をたたんだ姿の大きな石像で、あたりを威圧するように見下ろしていた。
薄暗いため松明の明かりをつけて、一行はネフベト像の前で整列し、拝礼の儀式をおこなった。それを終えるとテサケウムは号令をかけた。
「この神殿のどこかに、例のパピルスが隠されている。真っ白いパピルスだ。古いものの中にまぎれているのかもしれぬ。手分けして探せ。大王の命令であることを忘れるな。」
息子兵士たちはいっせいに散らばり、あちこちを探し出した。敷石をたたき、柱によじ登り、壁を調べた。ネフベトの神像にもよじ登り、神殿の裏側も見て回った。1時間がたち、2時間がたち、しかし何も見つからなかった。皆に疲労の色が出てきて、しだいに探すのをあきらめる者が増えた。
「見つかったか」「ない」「そっちはどうだ」「ほこりまみれになっただけだ」「ここにはないね」「トト書など、初めから無かったんじゃないのか」「つかれたよ、帰ろう帰ろう」「女がいないと、元気がでないな」「お祈りもういちど、していこう」
「まあ待て」テサケウムは言った。「ネルフィル老人が言っていたことがあったな。たしかそれは、・・・重く、そして軽いものの下にあると。重く、そして軽いもの・・・・そうか、ネフベト神だ。ネフベト神は大きく、重い、しかし翼を広げて飛べば、軽いではないか。よし、私が調べてみよう。」
テサケウムは像に近寄り、ネフベトの足元を調べだした。残りの息子たちは彼の周りに集まってきた。爪の間の石組みを一つ一つ調べていくと一つ動く石がある。それをそっと引き出した。その奥を松明の火で見ると木の箱がある。細い棒を入れてひっかけて、テサケウムはゆっくりと木の箱を取り出した。細長い、白い箱であった。

そのふたを開けると、白いパピルスが入っていた。テサケウムは開いた。
「あったぞ」
テサケウムは静かに言った。それからパピルスを握りしめ引き破ろうとした。しかしパピルスは破れることなく、しわ一つ残さないで元に戻った。たしかにトト書に違いない。
「意外と簡単にみつかったな」「この調子ならば、すべてを集めるのも難しいことではなかろう、」「なんだ、トト書といっても、たいしたことはなかったな。」
皆がどっと笑った。その時、あっ、と背後から大声があがった。皆が振り向くと最後列にいたその者は、目を大きく見開いてあとずさりしながら前方を指差した。その先にはネフベト神の石像があった。皆は石像を見た。石像が身震いした。そしてゆっくりと邪悪そうな目をあけた。
大王の不肖の息子たちも驚愕して大声をあげ、一斉に神殿の出口に向かって走り出した。

    (その3に続く)

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