山種美術館 百花繚乱

画像
鈴木其一 四季花鳥図
 鈴木其一の絵を見ていると、つい「あ、鈴木君の絵だ」と思う。いくつか見ただけで偉そうなことは言えないのだが、超一流と呼ぶには今一歩だった鈴木君の努力の跡がほほえましくて、彼の絵を見るたび、オー、鈴木君、ガンバッタネ。と声をかけたくなる。きっと師匠の酒井抱一隠居殿様も、鈴木君、鈴木君、と言って可愛がっていたのに違いない。あ、江戸時代に部下をそんな呼び方しないか。

「鈴木君、鈴木君」
「ははっ、殿」
「こたびのそちの屏風絵はなかなかにぎやかな趣向じゃの」
「はっ、右隻に春夏を、左隻には秋冬を配しまして、四季折々の草花を書き入れたものにございます」
「春秋がにらみあっての競い合いであるの。」
「御意にございます。鶏は産んではぐくむという若さを、おしどりは年いってからの慈しみをあらわすものにございます。」
「そうかの。わしには関が原の役での東軍対西軍に見えるぞ」
「さすがは殿、お見通しでございますな。右手東軍の向日葵でございますが、恐れ多くも日光大権現家康公のお姿を心に秘めて描いたものにございます。」
「では三成や島津公、毛利公は左隻のいずれかの。」
「それは・・・白菊、薄、女郎花など、しかと定められませぬ」
「秋風の吹く西軍というわけか。背後から襲う葛はさしずめ小早川であるな、屑とかけておるのであろう」
「めっそうもございません、どうかご勘弁のほどを」
「ハハハ、鈴木君もうよい、見事なできばえであった、金一封を取らせよう。」
「ははーっ、ありがたき幸せにございます。」

なーんて会話を、したわけがない。

画像
山口蓬春 梅雨晴
 写真にしたり印刷物になってしまうとオリジナルの魅力が全くなくなってしまう作品。写真では平凡なアジサイの絵だが、本物はどうしてどうして、葉の緑がつややかで輝かしく、さらに絵の具に綺羅を混ぜたのだろうか、光を細かく反射してきらびやかなこと。アジサイのどちらかというとおとなしい花が華麗に変身している。画家はカタログ図版をみて、予想されたこととはいえさぞがっかりしたに違いない。

画像
石本正 罌粟
 花の展覧会のはずなのに、何で戦争画がここにあるんだ?とぎょっとした。発色を押さえた花は画面の上のほうの一部分で、大部分は重苦しい茎や葉で構成されている。色調から太平洋戦争で数多く描かれた戦争画を私は連想した。長い茎は耐えた長い時間、病んだ心の深層を表し、花は透明で死の世界の花である、というような。戦場の血をすった大地に生えた花、とか、焼け野原の跡に育った花である、とか、さらには戦争を見たものにしかかけない絵である、とか、死んだものの魂を呼んでいる花である、とかの連想がとめどもなく暴走しはじめたところで見るのを止した。表題はたぶんケシと読む、と思うがこんなに難しい漢字にする必要があったのか?この文字を探すのが大変だった。

画像
西田俊英 華鬘
 この漢字の題も読めない。いちいちフリ仮名を振るのはかっこ悪いと思うのだが。
たくさんの花が描かれてはいるが生きた花というよりは、貼り付けた標本の押し花のようにみえる。枯れた向日葵は命の終末を表し、かごの鳥は魂の象徴だろう。人生の果実も赤い小さな木の実として表現されている。これから鳥はどこかへ飛び去り、あとにはたぶん何もない空白が残る。全体をおさめるガラスの器のような輪郭は、棺桶かはたまた人生を映し出す水晶の玉か。・・・絵を見ながらあまりにわかりやすい解釈を自分にしてしまったので、この絵の魅力が自分には理解できていないのではないかと心配になった。解釈もいいかげんにしとかないと素敵な絵も楽しめなくなる。

画像
福田平八郎 牡丹
 この展覧会では牡丹の花の絵ばかりを集めた小部屋があった。
牡丹は中国原産で、日本には遣唐使あたりで輸入されたらしい。花の大きさは手指を広げたほどにもなろうか、色は多彩で微妙な変化に富み、幾重にも重なる花弁はあくまでも薄くて軽く、中央におしべの束が見え隠れしている。高貴、壮麗、富貴、豪奢などの言葉が似合う花で、百花の王と呼ぶ人もいるようだ。そのために百花撩乱のタイトルの展覧会に特別室を与えてみたと言う洒落なのかもしれない。数名の高名な画家の牡丹花の絵ばかり集められていて、それぞれ個性が強く圧倒的な印象で、豪華な見ごたえのある小部屋になっていた。しばらく牡丹の花の絵を見入っているうちに、私はかつてこの花に圧倒されたことがあったことを思い出した。ちょっとここに書いてみたい。

 数年前のこと、大学生時代の友人から、久しぶりに会ってみたいとの連絡があった。家の庭で牡丹を育てるのに凝っていて、もうすぐ見事な花が咲きそうだから見に来いよ、と彼は付け加えた。卒業以来会うことは無かったのだが、大学時代の実習では同じ班で毎日のように顔を合わせていた奴だ。下宿に遊びに行って酒を飲み、そのまま寝込んでしまったことも一度や二度ではない。牡丹の花がちょうどよい頃を見計らって彼の家に出かけることになった。
 約束の日はうす曇の穏やかな天気で、私は電車を乗り継いで各駅停車の止まる小さな駅に降りた。彼の家は駅から程近い場所で、玄関先で真っ赤な牡丹の花がいくつもお出迎えしていたのですぐにわかった。これはなかなか本格的じゃないか、と思いながら呼び鈴を押すと、花よりもきれいな奥さんが出てきたのには驚いた。その後ろから彼が、20年ぶり位の対面であったのだが、昔と同じように手を上げてやあと挨拶をした。少し髪が白くなっていたが相変わらずのようだった。奥の部屋に通されるとそこは掃きだしの窓が開け放たれていて、庭には彼のご自慢の牡丹の花が何種類も今は盛りと咲き誇っている。どうだすごいだろう、と彼が得意満面であるのも昔の表情のままだ。卒業してからの経歴とか苦労話から始まって、同級生の消息や教授たちのその後のことなどで、話は尽きることがなかった。奥さんが軽い食事を運んできて3人でそれをつついた。奥さんはこの世のものとも思えないほどの美人で、と言ったら大げさだが、彼とは自然に互いをいたわりあっている様子もあって、私は内心くやしいくらい彼が羨ましかった。彼にまあいいじゃないかとすすめられて酒を飲んだ。弱い私はすぐに酔いが回り、酔い覚ましに庭に下りて牡丹を見せてもらうことにした。
 牡丹の花は一輪だけでも豪華であるのに、深紅からピンク、白、白でも花の奥はほんのり赤いものから 一重の淡く黄色みがかった清楚な花まであって、圧倒的な花園であった。彼はそれらの花の脇にいちいち立って、名前から始まって土の手入れ、植え付けや枝の剪定にどれほど苦労がいるか、とうとうとまくし立ててた。相槌をうちながら花にじっと顔を寄せて見て、私はおやと気付いた。心なしか花弁の色の発色が悪い気がする。まあしかし素人の園芸の真似事なのだから、肥料や土のバランスなどで花の色がよく出ないこともあるに違いない。彼はふと話をやめ、疲れた、と言って部屋に戻って行った。少し顔色が悪いようにみえ、本当はあまりからだの調子がよくないのではないかと気がついた。
 彼は昔のアルバムなどを引っ張り出してきた。開くとそこには懐かしい顔が並んでいる。それらの顔を指差しながら昔の思い出話をしたのだが、次第に私ばかりが話をしているようになった。もう1冊本を開こうとした時、間から一枚の葉書が床の上にぽとりと落ちた。それは黒い枠で囲まれた死亡通知だった。私が手に取るとそこには彼の名前があり、すでに死んだことが印刷してあった。驚いて彼を見ると彼は弱々しい微笑を浮かべていた。
 「甲状腺癌だった・・・未分化癌の方だ。気がついた時にはもうどうしようもなかった・・・」

 彼はすでにセピア色のうすい影になり始めていて、背後の部屋の壁がすけていき、ついには消えてしまった。庭を見ると先ほどまで華麗に見えていた牡丹の花々はしだいに色を失い黒くなった。そして地面に向かってゆっくりと散りはじめた。

画像
速水御舟 牡丹花(墨牡丹)

"山種美術館 百花繚乱" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント