上村松園展を見て

 さる9月30日 上村松園展を東京竹橋の国立近代美術館に見に行った。
 上村松園は日本画の、それも美人画の大家である。明治期の画家で女性であるのはかなりめずらしい。そもそも日本の画家は古い時代からほとんどが男であって、女流画家は存在したことがない。多くの男性の画家たちに混じって、女画家としての修行することはかなり好奇の眼で見られたことだろう。まあご苦労なことであったろうと思いながら絵を見た。

 初期の絵。いく枚かは才能を感じさせるいいのがある。しかし全体としては装飾性の強い単にお飾りの絵の印象が強い。とりすました顔の美人。線は固く、動きが見えないのもある。それはいわば、子供の塗り絵に似ている。キャラクターの外郭線だけが薄い灰色で書いてあり、あとは色で埋めるだけの。人間がきらびやかな装飾性の陰に隠れてしまっている。技量は高いがこじんまりまとまっていて破綻のない世界。
 絵を見ながら思ったのは、この人はこれだけではすまないはずだ、ということ。男性画家に混じって一人絵を描くことは強烈な自我意識なければできない。ましてはこの人は確か私生児を生み育てたはずだ。明治の時代にあってそれがどんなにつらいことであったのか、想像に余りある。彼女の絵を見てもそういうゴシップ的なうわさの方が多く語られたことだろう。なんという恥、なんという悔しさ。で、どうするのだ、自分の心は。この画家は一体どうするつもりなのだろう、どう対処していったのだろうということに興味を持ってみていった。

 
画像
彼女の中期の代表作 花がたみ を見る。(残念ながら 焰 の方は見られなかった。)なるほど、と思わずうなってしまった。恋心に身を持ち崩し、心のバランスを失ってしまった女。狂気にまでいたったすさまじいまでの恨み。この絵は世阿弥の謡曲の物語がもとになっているので、その物語に自分の心情を託すことができた。焰 の方も同じであろう。物語の持つ人間の心の強い葛藤と自分の心を重ね合わせることで、自分を語っていったわけだ。なるほどと思った。その解決法に感心し、さらにこの方法を極めていったら面白いだろうと思ったのだが・・・ 彼女の絵の目指す気品とは相容れぬものであったのだろう。心の整理はつけられたにせよ、絵の方は一時スランプに陥ったようだ。
その後の絵では物語性はどんどん薄れていく。さらには装飾性もなくなっていく。迷いがなくなっていったのだろう。絵はシンプルになり、それとは逆に人間が自信を持って描かれるようになる。人物が内に秘める力が初期のころとは違う。

 
画像
そして 序の舞 を見た。大きな絵である。まずはその幻想性に驚いた。この絵の人物の背景には説明的なものは何ひとつ描かれていない。どこだか分からない場所にすっくとたち、扇子を持った手を前に伸ばす。とりたてていうほど美人ではない女は決然とはるか遠くを見据えている。着物はあざやかな朱色なのだが、着物と袂のすそは足元に向かって朱色から背景の茶の色に近いところまで変化している。そしてその色のグラデーションある場所の文様は雲か霧などである。ぼっと背景に消えていくような印象を受けた。彼女が立っているのは現世界の地面ではない、ここではない抽象的なある場所。帯は鳳凰である。これは心が空高く天がけるイメージなのだろう。ここにいたって、着物の文様と絵の持つ精神性が見事に調和している。見事な解決。初期の装飾性も、中期の物語性もはるか昔においてきた。ああ、このひとはここまで来たのか、いやこれはたいしたものだ、と感心しきり。ここまでこれてよかったですねえ、長い長い道のりでしたねえ、とおもわず画家に話しかけてしまった。
なるほど名画といわれるわけだ、と納得した。
 
 展覧会で絵を見ることが、この年になってもこんなに面白いものかと、思いもよらない経験をさせていただいた。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック