テーマ:音楽

フェデリコ・モンポウ その2

フェデリコ・モンポウ  その2   (その1からのつづき) アンジェラスの鐘が鳴り響くある日の朝、街路樹が茂る通りを隔てた二つの家で、男の子と女の子が同時に生まれた。泣き声を聞きつけた近所の人が集まってきて歓声を上げ、無事の出産を祝ってとっておきの葡萄酒をあけた。ワインを入れたグラス片手に花や食べ物などを持って双方の家に押…
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フェデリコ・モンポウ その1

フェデリコ・モンポウ その1 モンポウ(1893-1987)はスペインのカタルーニャ地方出身の音楽家である。バルセロナに生まれ、若いころはパリで学びすごし、後半生はバルセロナに戻った。作曲したそのほとんどが短いピアノ独奏曲で、それに歌曲や少々の室内楽しか残していない。長い戦争の時代を生きたにもかかわらず、声高に自分の意…
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シューベルト即興曲 D899 第3番

 シューベルトを聞き出したのは小学校の頃だったから、私にとって一番なじみ深い作曲家だ。今年はシューベルトをピアノで弾いている。昔一度弾いたことのあるこの曲を今回習い直し、録画はしてみたもののとにかく下手。なんともひどいのだが、「心あまりて、ことば足らず」なのだと自分を慰めている。(在原某の場合は,悪口を言っているようでその実褒め…
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亡き王女のためのパヴァーヌ  その7

  (亡き王女のためのパヴァーヌ その6からの続き) 「ほんとうに、これでよかったのですか。もう少しいらしてもよかったのに。」 「いや、いいんだ。これで終わったんだ。」 「気が済んだのですね。思い残すことはもう、何もないのですね。それでは最初のお約束通り、参りましょうか、私の国へ。自由の国、なんでも望みがかなう国。これから迎え…
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亡き王女のためのパヴァーヌ  その6

  (亡き王女のためのパヴァーヌ その5からの続き) ・・・・・・マ・メール・ロア・・・・・・・  青い瞳を閉じて、お姫様はお城の塔の中で眠りはじめました。それはまるで水の中に沈みながら夢を見ているようでしたが、ふと水面に浮きあがるように目を覚ましました。でもとても眠かったので、ふたたび目を閉じて眠りの中に沈んでいき、夢…
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亡き王女のためのパヴァーヌ  その5

   (亡き王女のためのパヴァーヌ その4からの続き)  王女は笑いながら町の中を歩いていく。ラヴェルは煙草をふかしながら後からぶらぶらついていく。道の傍らは大きな建物の石造りの壁が続いていたが、そこに小さな木の扉が現れる。王女はその前で立ち止まり、侍女に扉を開けさせる。ラヴェルをそこに招き入れ、くぐるようにして一行が入ると、そこ…
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亡き王女のためのパヴァーヌ  その4

  (亡き王女のためのパヴァーヌ その3からの続き)  足音は部屋の前で止まった。ドアノブが回り、静かに扉が開いた。先ほどの娘であった。近くで見るその娘は薄化粧をして美しく、服装は絹の光沢があって思いのほか豪奢であったが、それでいてほんの14,5歳にしか見えなかった。娘は部屋に入ってくるとラヴェルににっこりと微笑みかけ、ふたた…
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亡き王女のためのパヴァーヌ  その3

  (亡き王ののためのパヴァーヌ その2からの続き)  1932年10月ラヴェルはタクシーに乗っていて事故に会い、軽い脳震盪を起こす。けがはごく軽いと思われたのに、これが彼の頭に何らかの微小な脳損傷を与えたのだろう、動作はぎこちなく日常生活がままならぬほどとなり、誰の眼にもその異常は明らかになった。  ラヴェルの病状について…
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亡き王女のためのパヴァーヌ  その2

   (亡き王女のためのパヴァーヌ  その1  からの続き)  戦後あちこちを転々としていたラヴェルは自分の家を持って落ち着きたいと考えるようになる。46歳の時(1921)、パリ近郊のモンフォール・ラモリという古い町にある家を購入する。奇妙な形をしたその家は住むには不便であったのだが、10世紀の城の遺跡がある丘の中腹に建っていて、…
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亡き王女のためのパヴァーヌ  その1

         モーリス・ラヴェル(1875-1937)  ラヴェルが作曲した「亡き王女のためのパヴァーヌ」をピアノで弾いていた人の記憶がある。もう30年以上も前のことなので、それが誰で、どこで弾いていたかなどは忘れてしまった。ただ、いいなあ、こんなふうに僕もピアノが弾けたらよかったのになあ、とうらやまし…
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エルッキ・メラルティン ピアノ組曲 悲しみの園(その2)

   2 愛の小径  どうして好きになってしまったのかしら。なぜなのかしら、どうにもならないことが最初からわかっていたのに、好きになってしまうなんて。いったいわたしはどうなってしまったのでしょう、何を期待していたというのでしょう。これは無駄なことなの、何の得にもならないことなの、いけないことなのよ・・・そう幾度も自分に言い聞か…
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エルッキ・メラルティン ピアノ組曲 悲しみの園 (その1)

エルッキ・メラルティン(1875‐1937) ピアノ組曲 悲しみの園 Erkki Melartin  Der Traurige Garten Op.52 (1908)     この作曲家の名前を知っている人は、クラシックの愛好家でもそう多くはないに違いない。今から約百年前のフィンランドの作曲家で、フィンランド独立(1917)の前…
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君よ知るや南の国

 子供の頃毎日のように親しんでいたのに、いつしか手に取ることもなくなって捨ててしまい、そのまま忘れていた本を、思いがけない所で見つけて驚く事がある。手に取ってページを1枚1枚めくれば、そのころの古い記憶がしだいのよみがえり、なつかしさが胸を満たしてくる。そういった本を、この前近くの古本屋で見つけてつい購入してしまった。それは筑摩書房の世…
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遠き山に日は落ちて  ドボルジャーク 交響曲第9番「新世界から」 第2楽章

 アントニン・ドボルジャークは1841年プラハ郊外の肉屋兼宿屋の息子として生まれた。そこはボヘミアの片田舎だったから、鳥のさえずり、林を渡る風、ひなびた村のたたずまい、のんびりとした人々やその習慣に、彼は子供の頃から慣れ親しんいた。生涯彼はボヘミアの田舎町を愛しつづけた。後年大都会に住む事はあってもその喧騒に馴れることができず、しきりに…
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エオリアン・ハープ

ポリーニ  ショパンのエチュード 作品25の1はしばしばエオリアン・ハープとよばれている。エオリアン・ハープはギリシアの風の神にちなんだ一種のハープで、6本の弦を持ち、風の通り道に置くと響きを発する。(YouTubeで検索すればその響きを聞くことができる。)曲にこの名前がついた由来はローベルト・シューマンによる。彼はショパ…
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人を愛することが出来ぬ者もモーツアルトに涙する

人を愛することの出来ぬ者も       谷川俊太郎 これが一番いいもの 澄みきった九月の青空には及ばないかもしれないが もしかすると世界中の花々を全部あわせたよりもいいもの 束の間たゆたってすぐに大気に溶けこんでしまうけれど その一瞬はピラミッドよりも永遠に近い これが一番いいもの 渇ききったのどがむさぼる冷た…
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