山種美術館 百花繚乱

鈴木其一 四季花鳥図  鈴木其一の絵を見ていると、つい「あ、鈴木君の絵だ」と思う。いくつか見ただけで偉そうなことは言えないのだが、超一流と呼ぶには今一歩だった鈴木君の努力の跡がほほえましくて、彼の絵を見るたび、オー、鈴木君、ガンバッタネ。と声をかけたくなる。きっと師匠の酒井抱一隠居殿様も、鈴木君、鈴木君、と言って可愛がっていたのに違い…
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竜安寺の石庭

 先日家族で京都旅行をし、竜安寺の石庭を見た。  雨が多く緑の豊かな日本だからこそ石と砂が意味合いを持ってくる。砂漠に住む人たちに石と砂で庭を作る発想はないだろう。輝ける生もいつかは滅びることを古来日本人は四季を通じて学んできた。美しいが常に変化する植物を使わないことで永遠の概念を庭に取り入れる、それは作庭家のねらいの一つであった…
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フェルメール地理学者とオランダ・フランドル絵画展

 この展覧会には行くつもりが無かったのだが、レンブラントの絵が来ているにに気がついて、会期も終わり近くになって行ってみる気になった。  フェルメールのブームはまだ続いているのだろうか。絵の数が少ないので希少価値があるそうだが、すべてがすべてよい絵だという訳ではないだろう。私も好きな絵がいくつかあって、デルフトの風景などは死ぬまでに…
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レンブラント 光の探求/闇の誘惑  国立西洋美術館

 レンブラントは1606年オランダのレイデンに生まれた。15歳頃から本格的に絵の修行をはじめ、またたく間に上達して19歳には共同ではあるがアトリエを構えるほどになる。才能と野心に満ちたこの男は次々と傑作をものにし、富と名声を手に入れていく。25歳(1631)でアムステルダムに移住、28歳(1634)で裕福なサスキア・アイレンビュルフと結…
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         第1夜  池の中に白骨死体がうかんでいた。骨から白い腐肉がゆっくりと離れていき、池の水は白く濁っていた。水の中に髪の毛がうごめいて見えた。風はなく、あたりにはもやがかかっていた。  私は裸のまま舟に乗って池に漕ぎ出した。もやにつつまれ、オールのかすかな水音だけが聞こえた。いくつもの死体が池の表面に浮かんでは沈み…
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エオリアン・ハープ

ポリーニ  ショパンのエチュード 作品25の1はしばしばエオリアン・ハープとよばれている。エオリアン・ハープはギリシアの風の神にちなんだ一種のハープで、6本の弦を持ち、風の通り道に置くと響きを発する。(YouTubeで検索すればその響きを聞くことができる。)曲にこの名前がついた由来はローベルト・シューマンによる。彼はショパ…
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シュルレアリスム展 国立新美術館

国立新美術館にシュルレアリスム展を見に行った。  ダダやシュルレアリスムという絵画運動は、まず古い価値観や概念を壊すことを目指し、そのためなら何をしてもOKであったようにみえます。それまでのアカデミックな絵とは全く違う、やりたい放題、すき放題の世界なのではないでしょうか。だから絵を鑑賞する側も、すき放題に感じて考えて、どんな妄想を…
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ナイルの流れをながめながら

 年配者の団体旅行の健康管理として海外についていったことがある。パリからエジプトにいく1週間ほどの旅行だった。すでに10年以上がたってしまったが、その時の写真を見ながら、頭の片隅に小さく固まっていた記憶をときほぐしてみた。  一行は30余名、平均年齢が70歳代の団体である。成田からパリへ12時間かけて飛び、そこで2泊。パリでは凱旋…
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ボストン美術館 浮世絵名品展を見て

ボストン美術館 浮世絵名品展を山種美術館に見た。 鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽の浮世絵をまとめてみた。それからほかの作家の絵も少し。 浮世絵を見ていて誰でもおもう疑問は女性の顔である。誰の顔もどの顔も同じである。斜め前45度あたりから描かれた、細面で細いつり目 すっと通った鼻におちょぼ口。浮世絵師はなぜもこう同じ顔を描い…
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酒井抱一

「酒井抱一生誕250年 琳派芸術――光悦 宗達から江戸琳派」第2部転生する美の世界 出光美術館   冬季展「生誕250年 酒井抱一 ――琳派の華――」畠山記念館 で酒井抱一(1761-1828)の絵をみた。江戸絵画などはまともに見たことがほとんどなかったので、おもしろくすごすことができた。  画家が姫路の白鷺城の酒井家の殿様の次…
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人を愛することが出来ぬ者もモーツアルトに涙する

人を愛することの出来ぬ者も       谷川俊太郎 これが一番いいもの 澄みきった九月の青空には及ばないかもしれないが もしかすると世界中の花々を全部あわせたよりもいいもの 束の間たゆたってすぐに大気に溶けこんでしまうけれど その一瞬はピラミッドよりも永遠に近い これが一番いいもの 渇ききったのどがむさぼる冷た…
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カンディンスキーと青騎士展をみて

カンディンスキーと青騎士展をみて 三菱一号館美術館 カンディンスキーと青騎士展を見た。 http://mimt.jp/aokishi/ カンディンスキーの圧倒的な色彩の乱舞が好きで、いままでにも何度か展覧会に行っている。1987年東京国立近代美術館。 2002年東京国立近代美術館。 カンディンスキーの絵が見られるのなら行っ…
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ショパンのワルツを聴きながら

                        (2011.2月 リパッティの演奏を久しぶりに聴いて) ショパンのワルツを聴きながら                  はかなく消えゆく 日々の記憶と          かなえられなかった夢のために 私は歌おうか いやいやそれはもう無理だから 街でも歩こうか 行きかう人が…
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デューラー展を見て

上野の西洋美術館でデューラー展を見た。(会期終了) アルブレヒト・デューラー版画・素描展 宗教/肖像/自然 http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/durer201010.html アルブレヒト・デューラー(1471-1528)は古い時代の人だ。マルチン・ルター(1483-1546)は彼より…
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ヴァージニア・ウルフ  灯台へ を読んで

 「そう、もちろんよ、もし明日が晴れだったならばね」 というラムジー夫人の言葉から小説は始まる。それまで静かだった子供(ジェイムズ・ラムジー)の心の表面に言葉が水滴のように落ちる。落ちたあとからは波が輪の形で広がりあちこちに反響する。波は突然父親の言葉で激しくかき乱される。その波動が母親(ラムジー夫人)の心に伝わる。波はラムジー夫人の…
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雪女

 小学校4年の冬のことだった。日本列島の南をかすめるように発達した低気圧が通り過ぎて、東京にはめずらしく大雪が、50cmくらいになるまで降り続いた。電車はすべて止まり、道路を車が走ることもできなくなった。小学校はもちろん休校、雪が降りやんだ朝には陽がさして明るく、僕は1日中雪で遊んだ。近所の子供たちも現れ、雪合戦、斜面を何度もすべり降り…
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詩集 1982年

 若いころ、中原中也や立原道造の真似をして、こんな下手なものを一生懸命書いていた時期があった。 でも捨てるのがもったいなくて、載せてみる。  詩集 1982年       序 知られぬものがある 知られぬまま 忘れ去られていくものがある 決して思い出されない記憶や 捨てられた希望のように 人の思いがある あこ…
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没後120年 ゴッホ展を見て

 国立新美術館にゴッホ展を見に行った。  色彩豊かな 灰色のフェルト帽の自画像 これは昔見たことがある。派手な色彩なのに陰鬱な表情でこちらをみていて、居心地が悪くなる。以前見たのは30年以上前ではなかったろうか。この展覧会ではいくつか印象に残った事があって、それを書いておこうと思う。  展覧会ではゴッホが影響を受けた画家の絵がゴッホ…
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クローバー

 四葉のクローバーは幸福のしるしであるという。世の中によくある迷信のひとつだ。茶柱が立ったらよいことがある、目の前を黒猫が横切るのは不吉のまえぶれ、などちまたには迷信、占いのたぐいが氾濫している。血液型別の今日の金銭運だことの、星座別の恋愛運だことの、ありえそうにもないことが、堂々と文章に書かれている。さらにその文章は、どうにでも解釈で…
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Mさんのこと

 咳が止まらない、といってMさんは私の外来にきた。80歳の落ち着いた雰囲気の老人で、髪も眉も白かったが、表情豊でおしゃべり好きな方だった。人の話は相手の顔を見ながらじっと聞き、おだやかに自分の意見を言うさまは、やりたいことはもう十分やってきた者の持つ余裕を感じさせた。  長い期間にわたる咳だったので胸部レントゲン写真をとってみると、右…
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