エジプトファラオの永遠の命 その1

エジプトファラオの永遠の命 大英博物館 古代エジプト展 森アーツセンターギャラリー 2012 ツタンカーメン展 上野の森美術館 2012  を見て  古代エジプトには3000年の歴史がある。それは我々の文明社会が出現してからの時間よりも長い。王朝の数は30を数え、そのなかで栄枯盛衰の繰り返しがあり、プトレマイオス朝のク…
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エルッキ・メラルティン ピアノ組曲 悲しみの園(その2)

   2 愛の小径  どうして好きになってしまったのかしら。なぜなのかしら、どうにもならないことが最初からわかっていたのに、好きになってしまうなんて。いったいわたしはどうなってしまったのでしょう、何を期待していたというのでしょう。これは無駄なことなの、何の得にもならないことなの、いけないことなのよ・・・そう幾度も自分に言い聞か…
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エルッキ・メラルティン ピアノ組曲 悲しみの園 (その1)

エルッキ・メラルティン(1875‐1937) ピアノ組曲 悲しみの園 Erkki Melartin  Der Traurige Garten Op.52 (1908)     この作曲家の名前を知っている人は、クラシックの愛好家でもそう多くはないに違いない。今から約百年前のフィンランドの作曲家で、フィンランド独立(1917)の前…
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ショパン ワルツ変イ長調 作品69の1 (遺稿)  (その2)

  (その1からのつづき)  私は子供のころからこの庭のことをよく知っております。物ごころついた頃より仕事をする父の後をついて回り、庭で遊ばせていただきました。奥様や旦那様はそれを大目に見てくださって、私の姿を見つけると手招きして頭をなでてくださったり、お菓子などを下さったこともございます。ほめられるのがうれしくて一生懸命父のお手…
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ショパン ワルツ変イ長調 作品69の1 (遺稿)  (その1)

ショパン ワルツ変イ長調 作品69の1 (遺稿) (私の演奏です。録画後に見てみますと、出来栄えは今一つ。指がもつれていたりしてがっかりします。文章の方が出来上がったので、とりあえずこれで我慢します。いずれもっとよい演奏に取り変える、つもりです。) この曲はショパンの生前には発表されず、作曲家自身も公の人前で演奏する事…
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主よ、人の望みの喜びよ

主よ、人の望みの喜びよ   J.S.バッハ作曲 (マイラ・ヘス編曲) BWV147 ピアノを習い始めて今年で16年になる。  私が幼稚園にはいる頃だからかなり昔の事になるが、我が家に電気ピアノというインチキピアノがあった。単に鍵盤を押してもかすかな音がするばかりで、スイッチを入れないとちゃんとした音が鳴らなかった。音量…
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時間の庭  ユベール・ロベール展を見て その2

(その1から続く)  娘はユベールの手をとった。娘の輝くような美しさに圧倒されて、ユベールは抵抗する事ができなかった。娘は絵の中に入っていった。ユベールもまた、大きな窓から外の世界に出て行くように、絵の中へと歩みを進めた。すると、まるで時計の針が逆回転するように風景が変わりだした。木々はその高さを減じ始め、草はその生えている範囲を…
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君よ知るや南の国

 子供の頃毎日のように親しんでいたのに、いつしか手に取ることもなくなって捨ててしまい、そのまま忘れていた本を、思いがけない所で見つけて驚く事がある。手に取ってページを1枚1枚めくれば、そのころの古い記憶がしだいのよみがえり、なつかしさが胸を満たしてくる。そういった本を、この前近くの古本屋で見つけてつい購入してしまった。それは筑摩書房の世…
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ルドンとその周辺  夢見る世紀末 三菱一号館美術館

三菱一号館美術館 岐阜県美術館蔵 ルドンとその周辺  夢見る世紀末                     展覧会:http://mimt.jp/redon2012/           深淵の上にあるあの国籍のない場所こそ私にふさわしい                     芸術家のうちあけ話    ルドン 私自身に …
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北京故宮博物院 清明上河図

 中国から途方もない一級の絵画や書物来るらしいというので、見にいく事にした。  最近の日本と中国の間は何かと軋轢が多い。巨大な人口と経済力で急速に力をつけている中国だが、13億といわれる人間を、いまや共産主義とは名ばかりの老朽化した硬直政治組織がコントロールできるはずがなく、はたから見ていてもはなはだ危なっかしい。まあ中国の歴史を見れ…
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遠き山に日は落ちて  ドボルジャーク 交響曲第9番「新世界から」 第2楽章

 アントニン・ドボルジャークは1841年プラハ郊外の肉屋兼宿屋の息子として生まれた。そこはボヘミアの片田舎だったから、鳥のさえずり、林を渡る風、ひなびた村のたたずまい、のんびりとした人々やその習慣に、彼は子供の頃から慣れ親しんいた。生涯彼はボヘミアの田舎町を愛しつづけた。後年大都会に住む事はあってもその喧騒に馴れることができず、しきりに…
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三井記念美術館 能面と能装束 神と幽玄のかたち

 ネットで簡単に見た範囲では、三井の家の起源はどこまでたどれるかはっきりとしていないらしい。武家として刀を振り回していた一族の中から、慶長年間(安土桃山時代)に松坂の地で商売を始めた者が出た。子孫には、商才があり大胆に行動することで家を大きくする者がいる一方で、逆境のときは手堅く守りに入る、そんな数々の人材に恵まれたのだろう、三井家は数…
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プラド美術館所蔵 ゴヤ---光と影

 ゴヤ展の展覧会の告示を見ていたら、小学校3年生くらいの理科の時間を思い出した。水槽があって、水草がある。その底には何か生き物がうごめいている。ああ、ヤゴだ。トンボの幼虫。冬の間学校のプールは水が張られていて、その水底でヤゴが繁殖している。春のプール開きの前の大掃除では、ほとんどの水を抜いた後、残った水溜りにいるヤゴを網ですくう。それを…
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フランシスコ・ゴヤ   カルロス4世の家族

 昔、スペインにフランシスコ・ゴヤという画家がいた。アラゴン地方の片田舎に生まれ、決して豊かとはいえない家庭に育ち、絵筆1本に己のすべてを賭けた。挑みかかるような目、がっしりとした体格、並外れた精力、みなぎる野心が彼の持つすべてだった。誰よりもよく見て、誰よりも学び、誰よりも努力し、誰よりも深く考えることによって、眼の前に現れる課題を乗…
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ジブリ問題集

私は10年来のジブリのファンで、新しくジブリの映画が封切されると、子供と一緒に映画館まで見に行くことにしています。その昔子供のために借りた「となりのトトロ」を見て仰天し、親の私の方が夢中になってしまいました。ジブリに関しての問題を子供と出し合って、ジブリの知識を競いあったりもしています。同じような趣味を持っている方はほかにもいるらしく、…
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ジブリ映画「コクリコ坂から」を見て

 この前の、と言ってもだいぶ前になってしまったが、日曜日に妻と娘2人をつれてジブリの映画「コクリコ坂から」を見に行った。  私はジブリが大好きで、ジブリ映画が封切されるといつも一家そろって映画館で見ることにしている。今回は偉大な父親である宮崎駿の脚本に、息子吾郎が監督をするとのこと。おまけに題材は昭和の30年代で、父親が昔から構想…
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速水御舟 炎舞

 速水御舟の 炎舞 を見た。  大正14年の夏、御舟は妻と2人の子供とともに、軽井沢の別荘で過ごした。御舟31歳のときのことである。軽井沢はすでに別荘地として名が通っていたが、まだ人口は少なく静かな町だった。夜ともなればあたりは真っ暗となるのだが、別荘の庭で妻や幼い娘たちと肩を寄せ合って一緒に焚き火をした。楽しいおしゃべり、ゆらめ…
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出光美術館  明・清 陶磁の名品

出光美術館  明・清 陶磁の名品 官窯の洗練、民窯の創造  ネット上で展覧会案内を見ていたら急に行きたくなった。東京丸の内、ビルの立ち並ぶ一角にある出光美術館の 明・清 陶磁の名品 の展覧会である。ある夏の日、朝から晴れ上がってうだるように暑い昼下がり、天気予報では南の湿った空気が日本列島に流れ込んでいて大気の状態が不安定になり、…
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駒井哲郎 1920 - 1976 ―こころの造形物語―

海底の祭 1951  記憶のそこにうごめくイメージはもともと具象化が困難なぼやけたものでしかない。この版画家はそれにはっきりとした輪郭線を与え、濃淡や質感を決めていく作業を行なった。心はきっと海に似ている。海の底の夜が明けるころ、小さな生き物たちが次第に規則正しく呼吸をはじめ、それに合わせて底に沈んだ記憶の数々が目を覚ます。あたたかい…
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