北京故宮博物院 清明上河図

 中国から途方もない一級の絵画や書物来るらしいというので、見にいく事にした。
 最近の日本と中国の間は何かと軋轢が多い。巨大な人口と経済力で急速に力をつけている中国だが、13億といわれる人間を、いまや共産主義とは名ばかりの老朽化した硬直政治組織がコントロールできるはずがなく、はたから見ていてもはなはだ危なっかしい。まあ中国の歴史を見れば、政治機構の腐敗は今に始まった事じゃない。なんのことはない、明・清朝末期の官吏に共産党が入れ替わっただけじゃないか。そんな目を覆うばかりの状況が、少なくとも一部地域ではある。国の中には不満が鬱積していて危険なので、中国政府はその一部捌け口として日本を悪者として利用している。そうなると日本国民の中国に対する世論は悪化していくので、それをなんとかしようと中国政府は手を打ってきた。
 まずはパンダである。パンダを送るから仲良くしましょうなんて、そんな見え透いたゴマすりに乗ってたまるか。次には故宮博物館の門外不出のお宝。中華文明の最高峰を見せてやれば、蛮族日本人はおそれいってひれ伏して、対中国感情はよくなるに違いない、と考えたか。馬鹿にしてるね、パンダもお宝も、ねらいは同じだな、とかぶつくさ言いながら、寒い冬の朝わざわざ早起きして、いそいそと東京上野にまで出かけていった。

 到着は開館時間の15分前である。平成館はあちらの方向・・・・と行こうとすると何やら長い長い人の列がつづいている。何だこれはとびっくりしているところに係員がやってきた。肩からスピーカーを小脇に下げてマイクで叫んでいる。「こちらはただいま平成館で開催しています故宮博物館200選の最後尾です。ご観覧の方はこちらにお並びください。」唖然とした。平成館なんてまだずっと先、建物すらよく見えないのに、ずらーっと並ぶのかい。これはひどい。パンダを見に来たのとはわけが違うんだがなあ。と、がっくりしたが、仕方がないから行列に並ぶ事にした。晴れてはいるが、風も吹いてとても寒い朝である。「大変込み合っており、申し訳ありません。お並びの方は、3列になって前のほうへお詰めください。」ということで3列に行儀よく並んで詰めていく。こういうときに順番を1人2人抜いて少しでも前の順番になろうとする人がいるが、アホかそれでどうにかなるんかい。しかしさすがは日本人、たいした混乱もなくおとなしく係員の指示に従って行儀よく並んでいる。冷静沈着、右へならえの行儀正しい日本人。
 「清明上河図の待ち時間は現在200分です。」 何だそれは。噂に聞く神品ってやつか。まだ開館時間前じゃないか。といっても神品などという言葉は今回の展覧会まで聞いた事がなく、これは宣伝する博物館側の策謀に違いない。「昨日は閉館時間でも行列の待ち時間は1時間でした。」そいつはひどい。たかがパンダに。「中国国外で展示されるのは今回が初めてです。」それはそれは中国政府は気を使うね。「上海万博での展示の際は待ち時間は5時間、会場の周りを行列が幾重にも取り囲んだとのことです。」係員は暇なのか、いちいち行列の解説までしている。「皆様間を詰めてお並びください。」はいはい。


 今年の冬は例年になく寒い。公園内の木も緑一葉とてなく、枯れ枝が風に揺れている。植え込みの草原も今は花らしいものもひとつとてない。私は寒さで足踏みをしながらひたすら待っている。とそこへ脇の道から見慣れない服を着た数人が列をなして歩いてきた。中国風の三人の男達に続いて、前後の人が心棒を肩で担ぎ、柳の小枝で飾り付けした駕籠がやってきた。中にのっているのは女性だろうか、その後に荷物を担いだ使用人と、とんがり帽子の威張った男が馬に乗って続いている。そんな行列が脇を通り過ぎていった。見たこともないいでたちの一行。
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私は足踏みをやめて見送った。私の周りの展覧会を待つ行列の人たちもその奇妙な一行をびっくりしたように見送っていた。何ですかね、今のは。なにか博物館が準備した出し物か何かですかね。などと思わず見知らぬ人と会話してしまった。人のよさそうな老夫婦である。今日はどちらからいらしたのですか。ああ東京ですか、地元ですね。清明上河図というのはすごい絵なのだそうですね。人生の諸相が、永遠の時間が描かれている名品中の名品だとか。
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急に疾走する馬のひずめの音。あわてた老人がとび出ていた子供を捕まえようとし、のんびりとくつろいでいた人達も驚いて振り返った。今のは何、よく見えなかった、今度は馬ですか。どうも馬らしいですね、あぶないことをしますな。長い待ち時間を退屈しないようにという配慮なんですかな。それにしても待ち時間が長くてかなわないですね。やはり皆さん名高い清明上河図が楽しみですからね。あ、列が進んでいますよ。
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川岸が見えてきた。大きな柳の木が川岸に並んで植えてある。大きな船が船着場に着いて、盛んに荷物を降ろしている。カラフルなのぼりのある飲食店が朝早くから開いていて、なにやらうまそうな匂いが漂ってきた。私は朝ごはんがまだだったのを思い出した。まだだいぶかかりますねえ。なにせ200分ですからねえ。おなかがすいたんで、ちょっとあそこで朝飯食べてきますが、ちょっと列を離れていいですか。どうもすみません、順番取っておいていただいて。
 その飲食店に入ってみた。どうやら中華料理店である。中国人が出てきて、このあたりでは見かけない顔だからまずお金があるか見せろ、という。失礼な店員だと思いながら財布のお金を出すと、それはここでは使えないから、あそこの船着場で荷物運びをしたら金が稼げる、と言った。そこで、指図を出しているヒゲ面のおっさんのところへいき、働きたいがどうしたらよいか、と聞いた。おっさんは私の顔を見て、舟つき場を指差した。そこで私はほかの人夫と一緒になって大きな白い袋を運ぶ事になった。中身はたぶん米なのであろう、肩にずっしりきて足元はふらついた。船着場からヒゲ面おっさんの所まで、私の体力では3袋運ぶのが限界だった。流れる汗を拭きながらおっさんからほんの少しの賃金をもらった。見たこともない銅銭であった。それを握って飲食店に行くと、野菜の煮込みにしるしばかりの鶏肉の入ったかゆを出してくれた。うまい、うまいぞ。これはいい。
それをすすりながら、私は昔学生時代のアルバイトの肉体労働の事を思い出した。自分には似合わないバイトで、重い袋を担いで運んで、キリギリスが働いているようだと言われた。別に好きで働いているんではない、落第したら親からの仕送りが渋くなったためだ。それで時間をだいぶとったので、授業の単位に支障が出そうだ。出席日数をよく計算しなくては。清明上河図の行列に戻る。
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いやあ、すみません、でもまだまだ列は進みませんねえ。おやそこに肉饅ですか、いいにおいですなあ、と老夫婦が列を離れて、当たり前のように銅銭で払ってむしゃむしゃ食べている。その先は、おや王さんじゃないか、同じクラスの。おーこんなところで何をしているんだい、今度のレポートはすんだのかい。あれなんだい、この王氏紙馬って言う看板は。え、実家は紙馬店経営だって。何それ?あーつまり縁起物の紙細工だな。元手がただみたいなものを高く売りつける、あっと失礼おこるなよ、それはどんな業界でも苦労はつきものさ。ああ、これは清明上河図を見るための行列さ、ヒマで悪かったな。今度の試験はやばいんだよ。あとで例の授業ノート、見せてくれよな。お互いがんばろう。じゃ。
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行列は少しずつ進み、丁字路にはいってくる。船着場では大型の船が何艘も横付けになり、次々に荷物が下ろされ、通りでは運搬用の馬車などが待ち構えている。さすがは東京開封府、物資の量が違う。この運河の先にはさらに他の運河が網の目のように広がっていて国中に広がっている。おかげで美人さんもたくさん集まってきて、さすがは東京開封府、美人の質が違う。お店の娘さんと思わず目が合ただけで、妙にぞくぞくするね。これは天啓かもしれない、ちょっと声をかけてこよう。ちょっと列を離れます、相済みません。・・・やあ、こんにちは。どこかでお会いしましたよね。そうそうあの時の、船でごいっしょになった、あの・・・なに違う?それじゃあこの時の、馬車でご一緒した方・・・そうではないって。まあまあ。いや申し遅れました、私はここの界隈では、川船問屋で少しは名が通っているものです。おーい、お茶をこの方にひとつもってきておくれ。ちかごろ、ひとつ事業があたりましてね、船が着くたびに面白いように儲かります。今までの商いとはわけが違う。そもそも今回は目の付け所から今までとは違いました。人がすでにほしがっているものを動かすのではなく、これから人が何を求めるだろうもの、必要とするだろうものを動かしたのです。事業でも何でも、まず必要なのはやわらかな感受性、そして常に先人より先に考える事ですよ。私の読みはまんまとあたりましてね、今じゃあ、ん、なんだ、今この方と大切なお話をしているんだ。後にしてくれ。え、なに、それどころじゃないって。えっ、ばかな、沈んだだと、大切な積荷をを乗せたままで、おれの船が、なんと言う事だ、すべての財産をつぎ込んでいたのに、すべて水の泡になった。これでおれは破産か。おしまいだ。・・・もはやお前は自由だ、無一文になった俺に義理立てする事はない。なに、そんなに軽い女じゃない、だと。うん、うん、そうか、つらいときにこそ一緒にいてくれるというのか。苦労するぞ、それでもいいのか。こんな俺で。そうか。これから一緒に暮らそう。ずっと一緒にいよう、な。おお、即興で詩を作ったぞ。
  夢破山河在
  妻春草木深
  感茎花注涙
  惜別暁驚心
え?、何か変か、聞いた事があるみたいか、それは気のせいだろう。どうだ、今日は清明上河図を一緒に見に行かないか。神品だぞ。行列に戻ろう。ああ、すみません、これは妻です。いえ、まだ結婚したての。へへへ。え、どうした急に、気持ち悪がって。おなかがすくけど気持ち悪い。どういうことだ?できたらしいって。何が。ああ、ああああ、そうか、できたのか。ついに、おまえ、でかしたぞ。ええ、ええ、どうも子供ができたみたいで、お恥ずかしい限りで。いえいえどうもありがとうございます。まだ生まれてみない事にはわかりませんからねえ。なに、おなかが痛いって、どれ、えっ大きなお腹、もう陣痛か、ちょっと早すぎないか。船の中?そう、船は助産院だったの?では急いで急いで。いやどうも落ち着きませんなあこういうときは。いやまったく、命を授かるってことは大変な事ですからなあ。いやあ落ち着かない、落ち着かない、あ、赤ん坊の泣き声、いやー、いやー、どっちだどっちだ、男の子か、いやーでかしたでかした、これで由緒ある我が一族も安泰じゃ、どうれどうれ、おれにも抱かしてくれ、おお、おおおお、かわいいかわいい、いないいない、ばーっ、あ、ほら笑った笑った、見たか笑ったぞ、よい子じゃよい子じゃ。あーちょっと待ってくれ清明上河図の行列、急がないと、順番をとってくれている老夫婦はだいぶ先に行ったよ。こうして川沿いの道を、あかん坊を抱いて妻と一緒に歩くなんて。川を渡るかぜがきもちがいいなあ。幸せだなあ。
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ああやっと追いついたよ。どうもすみません、しょっちゅう列を抜け出していて。これは妻と、私の子供です、いやありがとうございます、それはどうも気を使っていただいて。おや、坊やあそこに丸いアーチの立派な橋が見えてきたよ。お舟もいっぱい見えるよ。人もいっぱいだねえ、みんな暇なんだねえ、え?坊やもあんよしたいの、そうかそうか、じゃあお父ちゃんと一緒に歩こうなあ。そら、いいぞいいぞ、あー尻もちついちゃった。あははは、ほら、虹橋だよ、お山を登るみたいだねえ、こっちへ来て見てごらん、お船が橋の下を通ろうとしているよ、こんな急な角度じゃあ、ああ、ああ、橋の下にはもう1艘いるぞ、これは危ないぞ、マストも引っかかるぞ、気をつけろ、、ロープだロープ、そうだうまいぞ引っ張れーっ、うわーっぎっりぎり、坊やほら橋の反対側で見よう、あっ、人が落ちた、人が川に落ちたぞー、おーい、だいじょーぶかー、って泳ぎがうまいね、さすがは船乗りだね。
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それにしてもこの橋、狭いところにまで店開いて。狭い所に、馬が通る、駕籠が通る、ろばが通る、無茶するねえ、やりすごすのに道ををよけて脇に退いてやらなきゃあならない、えっ何?肉まん?いやそれはおいしそうだけれどもおれはさっき朝ごはんを食べたばかり、何お前はまだ食べていない、では一つ買おう。坊やもほしいのか、じゃあ肉まんを、なにいやか、これはうまいんだぞ、わかった泣くな泣くな、お父ちゃんが好きなものを買ってやろう、どれが食べたい?えっりんご飴?そんなに大きいのにするのか、残ったらおとうちゃんに食べろって言うんじゃ、わかったわかったそれでいい、食べな。どうだおいしいか、たいしたことなかろう。うるさいなさっきから人の袖引っ張って、何の用だ、にやついたおっさんだな、だんないい娘がいますぜって、見りゃわかるだろ妻子連れに声かけてどうすんだよ。まったく。
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それにしてもこの行列は長いですなあ、絵を1枚見るのにどれだけ待たせるんだか、なに、あと100分、これでやっと半分か。聞きしにまさる清明上河図ですなあ。坊やほら見てごらん、一輪車の手押し車だよ。ほら竹のお城だよ、なにもうそんなものには興味がないのか。勉強しなさい、勉強。遊んでばかりいるとろくな者にはならないぞ。あああ、遊びに行っちゃった。車にでも興味あるのかい、車輪のたがをはめているのが、そんなに面白いのかねえ、つぎは講談師かい、まあこれも社会勉強かね。
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何だよこんどはお前か、占いをしてみたいって。またそんなくだらない事を。何だよ。わかったよ、好きにしなよ、そんな事でけんかなんかしたくない、ばかばかしい。あーあ、そんなに占い師に迫ったら、胸に気をとられてまともな運勢は出ないよ。何だって言っていた、なになに、だんながいいから幸せになれるって。そうかい、そんな事言っていたかい、いい占い師だねえ。どうだいおれの運勢も占ってみてくれ、こんないい運勢の人は見たことがない、って大吉の上に吉が三つ乗っかっているようなもんだって、まるでキ印だね。あはははは、まあ、そんなもんだろう。
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なにおまえ、また気分が悪くなってきた、さっき食べたのがいけなかったのか。しかたない、駕籠にでも乗っていくか、おおい駕籠屋さん、おれの女房だけれどもね、乗せとくれ、みんなで清明上河図を見ようとして、この列に並んでいるんだ。ゆっくりだけれど、頼むよ。うわあ牛車が通る、2台続けてだよ、だめだよそんなに駕籠を揺らしちゃあ、あ、奥さんがもう出てきた。どうだい気分はよくなったか・・・え、赤ちゃん抱いてる、さっき生まれたばかりじゃ、こんどは女の子ができたのか、すごいね、一人で駕籠に入って出てくるときは子供を抱いている、まるでマジックだね。抱かせてくれ、おお、おお、かわいいかわいい、やっぱり女の子だねえ。目に入れても、ほら、ちっとも痛くない。橋の欄干からお魚さんににえさをあげようね、ほらこれを投げてごらん、いっぱい集まってきたねえ、お口をパクパクさせているよ、おさかなさんこんにちは。鳩も集まってきたよ。鳩さんこんにちは。ほら向こうを見てごらん、大きな立派な門だねえ。おおきいねえ。あれ、上を見るとくしゃみが出るの、おかしいねえ。
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誰かこっちに手を振って走ってくるよ。ああ、お前の自慢の兄ちゃんだ。髭を生やして立派になった。やあどうした我が息子よ。そんなに息を切らせて。なに、なんだと、えーっ、えーっ、科挙に合格しただと、すごいじゃないか、おまえが科挙に合格したのか。おれがいくらやってもだめだった科挙を。やったな。ほら皆さんが拍手してくださっているじゃないか、いや皆さん、ありがとうございます、ありがとうございます、これでやっと子供を育てた苦労が報われます。われわれ一族は、門の内側に入ったようなもんだ、これで私の将来は、らくだ・らくだ・らくだ。

 なんだい今度は、我が娘よ、何か言いたい事がありそうだね。お父ちゃんは何でも聞いてあげるから、言ってごらん、何、なんと言った、好きな人ができました。だめだめだめだめ。はやすぎる。なに、もうつれてきているだとっ、どこの馬の骨だ、お父さんは許しません。ゼッタイにゆるしませんっ。なんだおまえは、どこの馬の骨だ、何の用だ。チャラチャラした服なんか着おって。きっと幸せにします。それがおれに言うセリフか、もうちょっと気の利いた事を言わんかい。だめだ。だめだ、だめだ、だめだ、我が娘、なんでこんなつまらない成金男をお前は選んだんだ。・・・それは涙か・・・愛しているのか。そうか、愛しているのか。真剣なのか。・・・わかった、そこまで言うならお父さんはとやかく言わない。自分が選んだ運命はすべての結果を自分で引き受ける事になるんだぞ、誰にも文句は言えないぞ。よいか。そうか。しかたがない。おい、馬の骨、名前は何と言ったかな、たのむぞ、大切な娘だ、幸せにしてやってくれ。披露宴の準備をしなさい。息子の科挙合格祝いもするぞ。場所はこの先の孫羊正店だ。わたしはヒゲをそって貰ってから行く。
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また行列から離れます、すみません、息子の合格と娘の結婚のお祝いをする事になりました。これが片付いたらまた清明上河図の行列に並びますから。清明上河図ってどんな絵なんでしょうなあ。楽しみですなあ。それじゃしばらく列を離れます。孫羊正店、と。いやあ立派なにぎやかなお店ですな。さすが東京開封府一番の店だけはある。おおもう一族郎党集まっておる、やあ、やあ、元気にしてたかい。そうなんだよ、いやありがとう、トンビが鷹を産んだとはこのことだね、俺も鼻が高いよ、おう、おう、みんな期待していてくれ。きっとやってくれるよ。あれ、息子はどうした。ちょっと呼んできてくれ、あ、もういたのか、みんな周りを取り囲んで拝みに来てるな。いやお役人様には失礼だから俺からあいさつに行こう、おお息子よ、すっかり立派になった、おめでとう、もうこちらが頼みにする番だ。みんなからもお祝いを言われたか、しかしこれでいい気になってはいかんぞ。この男は傲慢だ、と思われたらうまくいくものもいかなくなるからな、いつもははい、はいと頭を下げて、準備をしておくんだ、息を潜めて、十分にな、そしてやるときはやれ。ここが勝負と思ったらとことんいくんだぞ。自分の中で譲れないものを、しっかり持っておくことだよ。いやーすばらしい。おおみんな、俺はよい息子を持ったぞ、乾杯としよう、それではみなさん、我が一族の栄光を祝し、・・・なんだ、ああ、披露宴の準備が整ったか。みなさん、乾杯はお預けだ、娘の披露宴の準備完了だ。部屋を移動してくれ。
 おい、どうだ今日のわしの恰好は、ネクタイを、曲がりをちょっと直してくれ。うんうん、どうもこういうときは昔から上がってしまって駄目だ、水を一杯くれ、ハンカチはどうした、おい、この花の形おかしくはないか、なおしてなおして、ちょっと隣をのぞいてくる、なんだ料理の並びが少ないじゃないか、おい係員、人の足元を見てんのか、なんとかしろ、酒が足りないぞ、酒が、何、花嫁の準備ができただと、そうかわしにも一目みせてくれ、ああ、ああ、なんてきれいなんだ・・・おいハンカチ、ハンカチ、うん、うん、お父さんに言う言葉じゃないよ、ありがとうなんて、いいんだよそんなこと言わなくたって、わかってるよ。よし、時間だ、いくぞ。ほう、こんなに人が集まってくれたのか。なに、もうわしのスピーチの番か。水をもう一杯くれ。

 えー、おっほん。ただいまご紹介に預かりました、新婦の父でございます。一言御礼のごあいさつを申し上げさせていただきます。えー、本日は清明節のお忙しい中をこのように多数お集まりいただき、ありがとうございました。また多くの祝辞や心温まるお言葉をいただき、感謝の気持ちでいっぱいでございます。新婦は小さいころから素直なよい子で、大切に育ててまいりました。そのかいがあって、実の親が言うのもなんですが、このような美しい娘に成長いたしました。おとうちゃん、おとうちゃんと手を広げながら私のところに来て、一緒に魚にえさをやったのがつい先ごろの事のように思えます。心根の優しい、素直なまっすぐな子でございます。それにひきかえ、新郎の男は、いったいなんだ。おい、馬の骨、名前はなんと言ったかな、成り上がり者の、金をジャラジャラさせて、そんなにやけた顔で新婦をたぶらかしやがって、・・・なんだ、袖を引っ張るんじゃない。酔っ払ってなんかいないぞ、本当の事を言って何が悪い。皆さん、そもそも新郎の骨野郎は、ろくな職にもつかず、次々と人をだますいかさま師なのです。こんなとんでもないインチキ野郎に・・・何だ、やるか貴様、表へ出ろっ、こら放せっ、おれは興奮なんかしていないぞ。おれはな、金の力が我慢ならないんだ。
 みんな聞いてくれ。まあ聞いてくれ。今や我が国我が民族は金の力の前に跪こうとしています。すでに金に支配されてその手先となっているこいつのような愚か者がこの国の中にうごめいています。いまや我が国は金に滅ぼされんとしているのです。やつらは虎視眈々と我が国の富をねらっている。都までにもすでに敵の軍馬の蹄が聞こえてきておるのです。われわれは戦わなければならないっ、手のあるものは武器を握れっ、金に協力するものはこうしてくれる、ポカリ、どうだ馬の骨参ったか、痛え、やりやがったな、これでどうだ、ざまーみろ、痛え、痛い、痛痛痛、いたたたたー。よくも、よくも大切なおれの顔を、ついに堪忍袋の緒が切れたぞ、皆の者容赦するな、かかれー、どたん、ばたん、がちゃんがちゃん、どかすかどすどす、ぶっちょんぶちょん、痛え痛え、痛えじゃないか、何だ急に、何が起きたんだ、なんだと、敵が城内になだれ込んだだと、皇帝陛下が、徽宗皇帝陛下が、すでに金軍の手に落ちた、本当かそれは、なんということだ、町のあちこちから火の手が上がっている、ついに金に支配されてしまうのか。もはやこれまでだ、陛下とともに我々の時代は終わった、我々は古い絵の中にうごめいているあわれな影でしかない。おれはもうだめだ、深手を負って、余命いくばくもない。最期に伝えたい事がある、皆に集まってもらえないか。

 俺はこの宋の国とともに死んでいくが、お前達は生きろ、大切なのは、一生懸命に生きる事だ、生きて、この世を楽しめ、この世は美しい、信じられないほど美しい、真心を通して見ることさえできれば。金では絶対わからない世界だ。この美しい世界の喜びの中には、永遠の命が宿っている、そうだろう?死ぬ間際になって、見えてくるものもあるんだな。悲しい顔をしないでくれ。娘よ、お前は私に喜びを与えてくれた、お前がそばにいてくれただけで、おれはこの世の悲しみを忘れる事ができた。息子よ、おまえは私に希望を与えてくれた、おれが夢見てなしえなかったことを、実現してくれるような気がしている。妻よ、わがままなおれを支えてくれて、ありがとう。死ぬ間際になって言うのも変だが、本当にお前の事を愛していた。ああ、どうした、暗いぞ、もっと明るくしてくれ、そばによってくれ、お前の顔が、よく見えるように、なんだ、泣いて、いるのか、どうか、笑ってくれ、笑顔を、みせてくれ、おまえの手は、あたたかいな、おまえと、一緒で、本当に、よかった、ただ、思い残す、ことが、あるとすれば、清明、上河図が、見れなかった、こと、清明上河図、あの行列、・・・しまった、行列に並んでいたんだった、すっかり忘れていた、今何時だ、何だと、もうすぐ200分たつじゃないか、まずい、こうしてはいられないぞ。それじゃみんな、絵を見にちょっと行ってくる。夕食までには帰るから。久しぶりにカレーが食べたいな、頼むよ。ね。うわっ、時間がない、急げ。
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孫羊正店の前は、すごい人だ。行列はあるが、あの夫婦はどこだ、だいぶ先に行っているんだろう。行列をたどって、たでって、前の方へ、あぶないっ、馬車に轢かれそうになった、あぶないじゃないか、なんだロバか。この人出だ、まともにに歩けやしない、すみません、通してください、急いでるんです。香料店があって、井戸があって、薬屋があって、やっと平成館の中へ。おお老夫婦が見えてきた。やあどうもすみません、すっかり遅くなってしまって。なにせ結婚式や何やらですっかり時間がとられました。え、なに、顔が腫れている?どこが、あ、痛たたた、これはひでえだいぶやられた、いいえ大丈夫です、いえ本当に大丈夫なんですよ、これくらい。もうすぐですね。永遠に時間を封じ込めた名品中の名品を見るのも。長い長い行列は、いよいよ最後のコーナーをゆっくり回っていって、ついにお待ちかねの、清明上河図の収まった細長いケースが見えてきた。薄暗い会場の中、細長いショーケースのなかで光が当たって、うすぼんやりと900年前の絵が浮かび上がっている。いよいよ清明上河図だ。ほら、そこに。
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