若冲の動植綵絵を見て その3

翌日から私の境遇は一変しました。私は要領が悪くてほかの方の足手まといになるばかりか、掃除したはずの場所にゴミが残っています。すぐに目が悪いのが知れてしまいました。主人の顔つきは険しくなり、不具のものはいらない、村に帰れと暇を出されてしまいました。取り付く島もありませんでした。
私は困りました。宿場町の店を片端から訪ねまわりましたが、誰も相手にしてくれません。目が悪くて身元の保証もないような女を雇ってくれる所などないのです。あの物売りの銀さんを探そうにも、どこにいるか知っている人はいませんでした。一、二日で残っていた手持ちの金もなくなり、いよいよ進退窮まりました。
私は町中を流れる川にかかる橋のなかほどの欄干によりかかって、なすすべもなく川の流れを眺めていました。この川は私の村から流れてきています。このままあきらめて、流れをさかのぼって家に帰ろうか。いっそのことここで身を投げてしまって、なにもかもお終いにしてしまおうか。・・・この辺りにくると川には幅があって、たっぷりと静かに流れています。荷物を満載した小舟が橋の下を通りすぎ、船着き場ではふんどし一丁の人夫たちが手際よく荷物の上げ下ろしをしています。暇そうに釣りをしている人、川べりで話し込むおばさんたち、それに遊んでいる子供たちの歓声が川の上を伝わります。私は欄干の上からじっと水の流れをのぞき込んでいました。川は古里の谷とは違って穏やかですが水はすっかり濁っていて、小さな渦がところどころにできては流れ、消えていきます。あの恐ろしい吹雪の夜、この川の上も雪まじりの風がうなり声をあげて吹き荒れていたはずです。川は一面に激しく波立ち、うつぶせに浮いた私の死んだ夫が波にもまれながら、この橋の下を流れていったのに違いありません。そしてそのまま誰にも気づかれることなく、この先の暗い日本海まで一人ぼっちで流されていったのでしょう。こうして私が手を伸ばしても決してとどかない遠いところに。私も死んで夫のそばに行きたい。でもそんなことをしたらふるさとに残した姑や子供たちはどうなるのでしょう。でも村に帰ってもどうにもなりません。私はこれからどうしたらいいの。考えは堂々巡りをするだけで時間ばかりが過ぎていきました。

そんな私にいつのまにか近づいてきた女がいます。腹がすいただろうこれを食べないかと声をかけられて、はっとして振り返りました。年増のくせに化粧が濃く、着物はどこかだらしなくて口元には笑みを浮かべています。手に持っていた包みを開けて、私の目の前に握り飯をつき出してきました。私はびっくりしました。握り飯一つとはいえ見知らぬ女からの妙な親切です。そう簡単にいただくわけにはいきません。しかし昨日からほとんど何も食べていなかったのもたしかで、お腹はごまかしようもなくぐるぐる鳴っています。さあさあとおしつけてくるのに負けてしまい、私はつい手を出してしまいました。またたくまに一つたいらげるともう一つ食べないかとすすめてきます。恥ずかしかったのですが私はあるだけの飯をみんな食べてしまいました。あらためて礼を言って何度も頭を下げていると急に思いついたように、そうだ、あんたのために働き口を探してあげよう、と変な目つきで言ってきました。捨てる神あれば拾う神ありとは言いますが、拾うふりをした鬼の場合もありましょう。でも断ることはできませんでした。そのいかにも怪しげな年増のあとを、私はついていきました。

宿場町の街道を外れた一角に、門のような入口のある狭い通りがありました。荷物を抱えた人や連れ立った男たちがさかんに出入りしています。そこを入るとすぐ弁天様のお社があり、その奥に何軒かの建物が身を寄せ合うように立っていました。ずらりと格子の入った窓が並んでいて、中には朱塗りの派手なお店もありました。どこからか三味線の音が聞こえてきます。数人の薄汚れた男たちが格子窓をのぞき込んで、何やらひやかしていました。昼間からひどく酔った人もいるし、中で笑う女の声が普通ではありません。ここがどんな場所だかすぐにわかりました。ここでどう扱われることになるのか、見当は付きます。では私はどうしたらよかったというのでしょう。あきらめきった気持ちで手引きの年増について奥の建物に入りました。

お茶屋さんとの説明でしたが、派手な着物の女が一人二人暇そうに窓際に座っていて、茶店とは名ばかりであることがわかります。その奥に通されると手引きの年増はいつの間にか姿を消していました。若くて乱暴そうな男が二三人部屋の出入り口にいて、逃げ道をふさぎます。長火鉢の向こうの店主の夫婦は怖くてきつい感じの人でした。無様に太った主人は私をじろじろ見ながらキセルでタバコを吸い、奥さんのほうが根掘り葉掘り訊ねてきます。私はほとんど上の空になりながら、まるで他人事のように自分の身の上を話しました。タバコの火を消すと主人は芋虫のような指で筆をとり、1枚の証文を書きました。その紙1枚で私の身の振り方が決まるのですが目が悪いうえに字のあまり読めない私には何が書いてあるのかわかりません。主人は証文を読み上げて、これでいいなと念を押してきました。わきから奥さんがそこまでしなくてもと文句を言いますが、主人はかまわず最後まで続けます。少々年だがその顔ならば客が付くだろう、たんまり稼ぐんだなと露骨に言ってきます。最初に借りるお金はたくさんとはいきません。あとはいちおう年ごとの出来高払いということになりました。その最初のお金もいろいろ理由づけして次々と棒引きされ、実際私の手元に残るお金はほんのわずかです。これで姑と子供を養えるとはとても思えませんが、不満を言うことなどできません。しかしそのお金を古里の家に届けてもらうことだけは譲れませんでした。あの物売りの銀さんを呼び出してくれるよう強く頼みました。何と言われようとも、いかに脅されようとも、お金が無事に姑に渡るようがんばりました。おかみさんは嫌な顔つきで、こんな女、どうとでもこちらの都合の良いようにしちまいな、と言ってきます。主人の方はきちんとしないとあとで面倒になるからと諭します。結局おかみさんのほうが根負けして、人をやってあの銀さんを呼び出してもらうことになりました。
運がいいことにその日はちょうど銀さんがこの町に帰ってきたところで、驚いた顔をして連れてこられました。証文を見せられた銀さんはとても気の毒がってくれて、家にお金を届けることを引き受けてくれました。私はお金を手渡すことができてほっとしたのですが、実際にあのお店でお金を手にしたのはその時の一回きりでした。

それからひどい目にあわされました。主人は奥の部屋に私を押し込み、こんな面倒をかけたらどういうことになるか思い知らせてやると、若いやくざれ者とたばになって私をなぶりものにしました。着物をはぎ縄で締め上げ、白刃の峰をあてておどします。そして延々と男たちの慰みものにされました。私は痛くて恐ろしかったことはもちろんですが、それよりも死んだ夫に申し訳なくて、心の中で何度も謝っていました。これで夫とは本当に遠く離れてしまったとつらかったのですが、これも因果かとあきらめるほかありませんでした。

その日の晩にはすり切れた赤い着物をあてがわれ、おしろいをつけて格子窓の中に座っていました。新入りは珍しがられ、次から次へと男の相手をさせられます。次の日も次の日も、夜昼構わず客はやってきます。表向きは茶屋で一応食事や酒などの給仕をするのですが、その場でされるがままになることもあります。汚くても臭くても拒むことはできません。屏風で隔てただけの隣で客を取った女が嬌声を上げ、さらに向こうでは順番に私を待っている男がいます。一晩に何人もこなさなければ稼ぎにならないのです。夜が明けると疲れ切って起き上がることもできず、食事もろくろく食べられません。食事といっても少しの白飯にたくあんが付くだけで、汁も茶もありません。ほかのみんなは客に上手におねだりしてお腹を満たしていましたが、そんなことはできません。残り物を口にしたくらいで、いつでもお腹をすかしていました。
小さな店でしたが女たちには位があって、年は上でも私は一番下です。ここの花魁だという姥桜に、昔は吉原でも名が通っていたなどと自慢されるとは思ってもみませんでした。薄暗い夜の厚化粧ならごまかせても、お天道様の下では皺だらけの化け物です。客が来ない時間でも意地悪なやり手婆さんが目を光らせていて、やることなすことすべてに文句を言います。それに逆らった遊女が恐ろしい折檻を受けるのを見させられたこともあります。でも逃げ出すことなどできません。せいぜい弁天様にお参りに行くまでで、もし町中なりとも勝手に出ようものならどんな仕打ちが待っていることか。私はつらくなるとあの川のことを思いました。どうしようもなくなったらここを抜け出して川に身を投げてしまおう。そうすればこの苦しみはすべておしまいになる。死ぬことはいつだってできるのだからと自分を慰めて我慢をしていました。

やがて私は熱っぽく、体に斑点が出て髪が抜け、だるくて起き上がるのも億劫になりました。病気をうつされたのです。寝ていては商売にならないと店の主人に嫌味を言われ、食べ物をさらに減らされました。嬌声でやかましい大部屋の奥で布団にくるまって寝ているしかありません。この時ばかりは店の女たちも心配してくれて、少ないながらもかわるがわる食べ物を持ってきてくれます。一度だけあの花魁が来たことがありました。もったいをつけて差し出したのは鮭の切り身です。気持ちはありがたかったのですが、あの鮭なのです。とても食べられないと言うと花魁は腹を立て、鮭を投げつけて帰っていきました。あとからごめんなさいと言いながら拾って食べた女がいました。痩せて顔色の悪い人でした。きまりが悪かったのか、自分の持ち物の中から大切につつんだ仏さまの像を見せてくれました。はじめは手垢のついた木切れにしか見えませんでしたが、目を近づけてよく見れば頭があってお体があって、目と口が簡単に彫ってあります。やさしいお顔でほほえんでいました。私が死ぬときにはこれを胸に抱かしてあげる、とその人は言ってくれました。思わず涙がこぼれ、隠れるようにして二人でお念仏を唱えました。

ある日そんな私に呼び出しがありました。それがあの物売りの銀さんだと知った時には、この人まで私を買いに来たのかと愕然としましたが、彼の用向きは違いました。姑の病が重く余命いくばくもない、我が子も危ないと、親切にも知らせにきてくれたのでした。だからといって私になにができましょう。無理を承知で店の主人に、床板に頭を擦り付けて数日の外出を頼みました。銀さんも口添えしてくれたのですが、主人は長火鉢を前にしてタバコをすう手を休めようともせず、まるで相手にしてくれません。そしてとうとう怒りだしました。一度売られたこの身は、借金を返し終わるまで外に出ることはできません。親の死に目にも会えない決まりなのです。追い返されて、私は布団の中で泣いているしかありませんでした。

ところがどうしたわけでありましょう、お釈迦様が私の身をあわれんでくださったとしか思えないことが起こりました。その日の夕刻から風が吹き始め、夜は嵐になりました。そこに町の一角で火事が起きたのです。火は風にあおられ瞬く間に広がって、建物を次々に飲み込んでいきました。私のいた茶店はその風下です。町中の半鐘がけたたましく打ち鳴らされ、店の中は逃げろという怒鳴り声やどしどし走る足音、女たちの悲鳴や泣き声でたいへんな騒ぎでした。道具や衣装を持ち出せとおかみさんがわめいていましたが、暗い中では皆着の身着のまま逃げるので精いっぱいだったはずです。騒ぎにまぎれて金目の物を盗まれたのが関の山でしょう。私は自分のことなどどうでもいいすてばちな気分でしたから、ちょうどよい、このまま焼け死んでしまおうと頭から布団をかぶって寝ていました。

半鐘は続いていましたがいつのまにか店の中は静かになっています。布団から顔を出してみると、向かいまで迫った火事に照らされて天井は明るく、焦げ臭い煙が漂っています。見回しても誰も居ません。風にあおられた炎のごうごうという恐ろしい音があたりを包み、いよいよ建物に火が入ったバチバチという音も聞こえます。その時、「逃げるのなら今だ」と、誰かが私の耳元でささやいた気がしました。私ははっとして飛び起きました。そこらに転がっていた食べ物を頬張り残りはふところに入れて、火のまわりかけた裏口から転がるように逃げ出しました。外の人たちはものすごい火事の勢いに気を取られていたのでしょう、闇の中に紛れていく私のことをとがめる人は居ませんでした。

顔を伏せて人込みを避け、風が吹き抜ける橋を小走りに渡りました。かつて私はどうすることもできずここに立ちつくしていましたが、今は違います。渡り終えるとすぐわきに隠れてはずむ息をおさえました。それから目立たぬようにして土手を這いあがり、川向こうを見ました。巨大な炎がたくさんの建物を呑み込みながらうねるようにして夜空へとあがり、火の粉を遠くまでまき散らしています。鳴りやまぬ半鐘に風にあおられた炎の恐ろしいうなり音、何かが割れて崩れる音、それに叫び声や悲鳴が混じり、とてもこの世のものとは思えません。川沿いでは大きな荷物をかかえた人が走り、馬がおびえて暴れ、荷車が立ち往生している様子が影絵のように見えました。しかし川はなにごともなく静かに流れていて、川面に炎の光が踊るように揺れ、火の粉が落ちては消えています。私が過ごしたあのいかがわしい茶店も、今頃はこの炎の下で焼かれていることでしょう。どんなにけがれたものでも、いつかは浄められてしまう。私は立ちのぼる炎の中にご不動様が剣を突きたてているのを見た気がして、おもわず両手を合わせていました。

道に戻ると足に何かがあたったのに気が付きました。それは小さな風呂敷包みで、触った感じで中にわらじがあるのがわかります。周りをうかがうと誰も私を見ていません。物陰に隠れて開けてみれば、わらじのほかに女ものの着物や襦袢もあります。誰かが火事に慌てて落としていったのでしょう。わらじを足に合わせれば少し大きかったのですが、はだしよりましです。私はしっかりわらじの緒を締め一枚上に着こんで、川沿いの道を上流に向かって歩き始めました。

間もなく雲が切れて風が収まり、山並みの上から丸いお月様が私の歩く道を照らしだしました。あたりは収穫を終えた田畑が黒々と広がっていて人影はなく、ところどころにススキの穂が白く光っています。私は月の光に導かれるようにして、かつて来た道を古里に向かって歩きました。疲れるとふところの食べ物を食べ、ときには川の水を飲み、歩きつづけました。
危篤だなんて、そんなことを私は信じません。悪いことなど何一つしたことがなく、たくさん苦しんだ者が先に死ぬようなことを、お釈迦様はお許しにならないはずです。どうかお願いです、お釈迦さま、私などはどうなってもよいですから、子供だけでもお救いください。子供たちはくもりのない、きれいな命です。世の中には無駄な年を重ねた醜い大人がいくらでもいます。そんな者を長らえさせておきながら、わざわざけがれのない小さな命を押しつぶさなくてもよいではありませんか。お願いですお釈迦様、子供たちをお救いください。子供たちの命さえ、命さえ長らえていれば、我が家にたどり着いた時、娘が走りよって私に飛びつき、あの息子ですらとびはねて笑うでしょう。そうすれば皆ひきつれてお礼参りをいたします。お釈迦様、ありがとうございます、私たちは再び会うことができました。なんて慈悲深くお守りくださったことでしょう。子供たちも小さな手を合わせ、舌足らずでも一生懸命お念仏を唱えることでしょう。ありがとうございます、お釈迦様、お釈迦様、お釈迦様。・・・
私はなむあみだぶつを繰り返して祈り、歩き続けました。でもそれまで私は具合が悪くて横になっていたのです。普通に考えればとても歩きおおせるものではありません。それでもなんとか古里の家にたどり着いたのは、まことにお釈迦様の特別なおはからいがあったとしか思えないことでした。

夜が明けても歩き続け、夕方遅くになって古里の村に着きました。なつかしい我が家の引き戸を開けましたが真っ暗で、声をかけても物音一つ聞こえません。手探りをしていくと、姑の寝場所には動かず横たわっているものがあります。おそろしいほど冷たくなっている母さまでした。その隣に小さな子供が横たわっています。体は暖かいのですが呼んでも揺らしても返事はありません。手を顔にかざして耳を澄ますと、かろうじて息をしているのがわかりました。娘は生きていました。私が帰るのをずっと待っていてくれたのでしょう。抱き上げてみるととても軽く、着物がべとべとに汚れているのがわかりました。左吉、左吉と息子の名前を呼びましたが、どうやら家の中にはいないようです。きっといつものようにほっつき歩いているのでしょう。それとも死んでどこかの土の上にでも転がっているのでしょうか。昔のように娘を腕の中に丸く抱きながら、私は横になりました。泣くこともできず、葬式をどうしようか、などとぼんやり考えていました。疲れ切っていたのでしょう、そのままうつらうつらと眠ってしまいました。

いったい私はこれまで何をしてきたのでしょう。みんな死んでしまいました。身を落としてまで助けようとしたのに、大切な人たちはみんな死んでしまいました。あの吹雪の夜、この手が握ったたいまつの炎。すべての間違いはこの手からはじまり、とうとう本物の罰が下されたのです。残ったのはぼろ屑になった私が一人。うつけ者の息子が生きていても、何の足しにもなりません。かつて私には死ぬことができないわけがありました。そして今、私が死んではいけない理由、生きなければならない理由は、何一つなくなったのです。

朝眠りから覚めると、私の腕の中で娘は冷たくなっていました。気が付かないうちに息が止まってしまったのでしょう。目は落ち込んで顔は黒く汚れ、かわいそうなほど痩せていました。ごめんね、ごめんねとつぶやきながら私は娘の顔を拭き、着物を直してやりました。いつの間にか私の背中に体を押し付けるようにして息子が眠っています。彼もまた痩せていましたが静かに寝息を立てています。揺り動かすと両目をあけました。私はほっとしました。たとえうつけ者であったにしても生きている家族を見ることはうれしいものです。いったいこの子はどこをほっつき歩いていたのでしょう。久しぶりに見る私の顔がわからないのか、話しかけてもぼんやりしています。私は母さまところへ行き、乱れた髪を整え、着物と寝具をなおしました。節くれだった両手の指を組ませてあげたかったのですが、固くて曲がらず胸の前にもとどきませんでした。私もまた手を合わせることをしませんでした。これで別れるのではなく、すぐにそばへ行くつもりでしたから。そして死んだ娘を胸に抱きあげ、息子についてくるよう言いました。その時になってはじめて、泥だらけの自分の足から血がにじんでいるのに気が付きました。でも痛くはありませんでした。

家を出るとおだやかによく晴れた秋の日でした。これでこの家ともお別れです。私の病んだ目でも屋根や壁の板がずれて隙間が空き、草ぼうぼうの荒れ放題になっているのがわかります。夫と住んでいた頃はいつもきれいに掃除していたものでした。どれだけ幸せだったことか。子供も二人授かって、不幸など何一つ知らなかった。
名残を惜しんでいても仕方がありません。いまごろは火事で焼けた茶店の主人も私がいないことに気が付いて、追手をこちらに向けているかもしれません。ぐずぐずしてはいられません。死ぬ場所はとうに決めています。あの川沿いの崖の上の夫が命を落とした所、すべての不幸が始まった所です。私は死んだ娘を抱いて歩きます。二度と帰ることはありません。後ろで息子が盛んに飛び跳ね奇声をあげていましたが、振り返って相手になってやることはできませんでした。

青空はぬけるように高く、崖沿いの道には秋の陽があたってとても暖かでした。谷川の心地よい水音が聞こえ、散り落ちた木の葉を踏むカサコソという音もします。あの吹雪の夜、この道はふりつもった雪で真っ白でした。川は轟音をあげて荒れ狂い、雪まじりの風が叫ぶようにして谷の底から吹きあがっていました。たいまつの火を横風からかばうようにして足元を照らし、私はこの道を歩いていました。家には夫の好きな肴に酒が用意してあります。夫のよろこぶ顔が目に浮かび、鮭が売れたお金でどうしようか、などと夢みたいなことを考えて。でも今はただ死ぬために歩いています。どうしためぐりあわせなのか、つらく悲しい私の最後の日はこんなにも穏やかです。これでようやくすべてが終わります。この川は西国浄土へと流れています。飛び込んでしまえば、何の苦もなく夫のそばに行けるでしょう。わけのわからない息子も一緒につれて行こう。そうすればあちらで一家そろって顔を合わすことができる。皆で抱き合って、笑いあって、どんなにつらい思いをしてきたのか聞いてもらおう。きっとあの人は大変だったねえ、つらかったねえ、と慰めてくれるでしょう。そうだ、そうに違いない。私はもうすぐだ、早く死んでしまいたいと道を急ぎました。

とうとう着きました。いくら季節がめぐっても、この場所が変わることはありません。たいまつを差したあの命の木を見上げました。それは見事に色づいた、大きな楓もみじの木でした。梢のてっぺんから四方に張り出した枝のすみずみまで真っ赤に染まり、高みからもみじ葉が散り落ちてきます。私はたいまつを差し込んだ木の又を撫で、夫の命の縄をつないだ幹を撫で、縄が焼き切れた根元の地面を撫でました。もみじ葉があちこちに落ちていて、その一葉を拾いあげました。子供の手のひらの形で、葉のすじが指の一つ一つに入り、光を通した朱色がきれいに輝いている。私はそのもみじを死んだ娘の髪にさしてやりました。いくつも拾い上げては娘の首まわりやふところを、もみじで飾ってやりました。秋の陽ざしの中で、娘は華やいで見えました。

崖のふちに立つと、はるか下には谷川の水が渦を巻き、泡を立てて奔流になり、それでいて深い青をたたえています。散り落ちてきたもみじ葉が、舞うようにしてゆっくりと青の中に消えていきました。これならば一歩踏み出してしまえば到底助からないでしょう。
私は胸に抱いてきた娘をもう一度見ました。お地蔵様のようにかわいい顔でした。赤いもみじがよく似合います。私は息子の名前を呼びました。左吉はすぐそばについてきていました。
「いいかい、よくお聞き。この川の中におとうがいるよ。よく見てごらん。お前もおとうに会いたいだろう。これから会いに行くからね。」
「いくからね、いくからね。」息子はおちつきなく繰り返します。
「これから一緒に川に飛び込むよ。死ぬことになるよ。」
「しぬことになるよ、しぬことになるよ。」
息子はあちこち見て、しきりに体を動かしています。あいている片手で息子を抱きよせました。息子の体は暖かくて、そんな当たり前なことにも胸がいっぱいになります。息子はじっとしていて、逃げませんでした。
「おまえにしてもおかあちゃんにしても、このまま生きていていいことなんか何一つない。死んでおとうに会いに行ったほうがいい。だから、一緒に行くよ。」
「一緒に行くよ。」
私ははっとしました。息子が体を動かすことをやめて、私の顔をまっすぐ見ていたからです。私の目をしっかり見て、そらそうとはしませんでした。そんなことはかつてなかったことです。私は真剣な息子の顔を見て、ふと、この子は最初からすべてわかっていたのではないか、という気がしました。
「お前、本当は、わかっていたんだね。」
息子は静かに答えました。
「・・・わかっていた。」
わたしは息子を強く抱きました。うつけ者と思っていたのは私の間違いで、これまで何が起きたのか、これからどうなるのか、この子は知っている。わけのわからない子供などではなく、本当は一から十までよくわきまえていた。たぶんそうだったのでしょう。でも、遅すぎます。ようやく気付きはしたのですが、けがれきって生きる望みのない今では遅すぎるのです。私は意を決しました。私は崖のふちに立ち、右手で死んだ娘を、左手で息子の体を抱きました。赤いもみじが一葉、ゆっくりと谷に落ちていきます。
「行くよ。」
私は息を大きく吸って、一歩前へと踏み出しました。足元の地面はなくなり、私たちの体は斜めになって空中に放り出されました。その一瞬のうちに私はたくさんのことを思い出しました。お父さんお母さんのこと、楽しかった村の生活、そして優しい私の夫。そして夫が笑顔で両手を広げた時、私は水に落ちて気を失いました。


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・・・それからどのくらい時間がたったのでしょう。私は自分が仰向けに横たわっているのに気が付きました。耳が詰まっているのか、なにかくぐもった音が遠くでしています。それが流れる水音であるとわかるのにしばらく時間がかかりました。ここは西国浄土なのでしょうか。でもあたりは真っ暗です。目を開けているのに何も見えません。私は自分の顔を触りました。目はあります。目を閉じて瞼の上から触れば、目の玉が動くのもわかります。再びまぶたを開けて前を見据えてみました。流れの音は変わらず聞こえ、お日様があたって温かいのもわかります。でもやはり何も見えません。私の目は完全にだめになっていました。手で体を探ってみれば、頭も足も、どこにも怪我はないようです。おかしなことに着物は少しも濡れていません。周りの地面をさぐれば、石ころや地表を這う木の根、それに落ち葉が手に触れました。指で確かめるとそれはもみじの形のようなのでした。
何が起きたのかよくわかりませんでした。崖から飛び降りたつもりでしたが、どうやらそうではなかったようです。死んだ娘を抱いていたはずだと思い出しあわてて這って探しましたが、娘はみつかりません。息子の名前を呼んでみました。繰り返し呼んで、耳を澄ませました。しかし谷川の音が聞こえているばかりで、いつもの奇声や飛び跳ねる足音も聞こえませんでした。

どうして子供たちはいないのでしょう。私はいったい何をしてしまったのでしょう。思い出そうとしても、あまりにもひどい事ばかりで頭がぼんやりしてよくわからないのです。まさかとは思いますが、私はとんでもないことを、例えば、抱いていた娘を谷に放り投げたのではないでしょうか。一緒に死のうと思って息子を川へつき落とし、そのあと自分も身を投げるつもりだったのが怖くなってやめた。でも私は母親です。そんなひどいことをするわけがありません。でも、もし私の頭が狂って正気を失って、私が私でなくなっていたとしたら? 私が、山姥の、鬼の姿になっていたとしたら? ぼさぼさの白い髪に角が生え、目は黄土色、おおきく裂けた口には、ほら、とがった牙が生えている。きっと私はあさましい山姥になったのです。そして娘を捨て、疎ましい息子は片付けた。こうして私は生き残った。一番生きるに値しなかったこの私が、一番先に死ぬべきだったこの私が、死ぬのが怖くて山姥の姿となり、この世に一人生き残った。・・・何ということでしょう。これに比べれば、今日の朝死ぬと決めた時でさえ、私はまだ十分に不幸ではなかったのです。体は震えて歯の根が合わず、声を上げることもできませんでした。

しばらくは茫然として座り込んでいたのだと思います。何度も声をかけられているのに気が付いて、我に返りました。
「どうされましたかな、大丈夫ですかな。」
おだやかで落ち着いた、男の方の声でした。そばに人が来ていたことにも、私は気が付きませんでした。
「こんなところに座り込んで、なにがあったのかな」
優しいお声の響きが私を包みこみます。その方が私をじっと見ておられるのがわかります。私は返事をしようとしました。でもすすり泣いてしまって言葉になりません。
「何かひどいことがあったようにお見受けします。私はこの川を下ったところにある寺で、修業しております僧です。いつもこの辺りを托鉢しながら歩いております。今日ここであなたとお会いしたのも、きっと思慮深いお釈迦様のお計らいでしょう。目はどうされたのですか。よく見えないのですか。」
私は震え声で答えました。
「山姥のオニ。」
「やまんば? いったい何の話でしょう。まあ、こんな崖の淵にいないで、あちらに座ってお話しでもしませんか。」
お坊様の手が私の肩に触れてきました。その手はとても温かく、その温かさが体の中にしみてきます。乱れていた私の心は少しずつおちついて、ようやく立ち上がることができました。そして導かれるままに数歩すすみました。
「さあここにお座りなさい。そしてあなたに何がおきたのか、お聞かせください。」

お坊様のゆったりとした優しいお声ですっかり震えも止まり、これまでのことをお話しすることができました。お坊様に私の話は分かったのでしょうか。崖から身を投げたこと、夫の命の縄を焼いたこと、お金のために身を売ったこと、この川の鮭がいけなかったこと、もう順序も何もごちゃまぜで、話している自分でもわけがわかりませんでした。しかしお坊様は相槌を打ちながら静かに聞いてくださいっています。最後に私は、こうして子供を死なせ山姥の鬼になり果てたからには、死ぬよりほか仕方がない、と言いました。
しばらくのちに、お坊様は静かにおっしゃいました。
「聞いている私にも、つらいお話しです。あなたはよくぞここまで生きてこられました。これもきっとお釈迦様のご加護があったからでしょう。あなたはとても鬼には見えません。普通の女の方ですよ。」
「いいえ私は鬼です。血も涙もない、恐ろしい鬼です。きっとあなた様のことも食べてしまうでしょう。」
泣きそうだったのに、お坊様は少しお笑いになったご様子でした。
「心配することはありません。あなたは普通の女の人に見えます。鬼ではありません。かわいそうに、あなたは自分が普通の人の姿であることも、見ることができないのですね。でも、聞くことはできます。耳を澄ませてごらんなさい。今、あなたには何が聞こえていますか。」

はじめは何を言われているのか、よくわかりませんでした。その方は黙って私が答えるのを待っていてくださるようです。私はできるだけ心を落ち着かせ、耳を澄ましてみました。ふたたび水の流れる音が聞こえてきました。私はびっくりしました。自分の話に夢中になっていたためか、谷川のそばにいることを忘れていたのです。今朝思い詰めてここに来たときのように、よく晴れた秋の日の穏やかな川の水音でした。川面が陽にきらめいて光り、水が澄んで底の石や水草まで見えている様子が目に浮かびました。

「流れる川の音が聞こえているでしょう? 水の音はいいですね。他に何が聞こえますか。」
鳥のさえずりが聞こえてきました。頭の上で、あれはもみじの枝にとまって鳴いているのでしょうか。近くでもう一羽が短く答えました。つがいで鳴きかわしています。この鳥の鳴き声は知っています。名前は何と言ったか、あざやかな青い色の羽をした、一目見たら忘れられない夏の鳥。鳴き声が聞こえると私はその鳥のきれいな青い羽を見たくて、仕事を放り出してしげみに探したものでした。しばらく鳥は歌い、枝を飛び移っていましたが、急にどこかへ羽ばたいていって静かになりました。

そのうち風が吹いているのに気が付きました。頭の上でさわさわと梢が擦れ合う音がして、頬に風を感じます。きっともみじの葉も散っていることでしょう。ふと、風の中にほのかな香りがあるのに気が付きました。甘くて、品がよくて、これは草木が枯れる秋の香ではありません。春の香、それもはるか昔の思い出のなかにある香りです。

「風で木の枝が揺れています。それになにか香ります。とてもなつかしいような。」
「花の香でしょう。ここは今花盛りなのですよ。見てごらんなさい。」
見てごらんなさい、と言われても何のことだかよくわかりません。私の目は見えないのですから。それにここは村はずれの崖の道で、今朝ここに来た時も花など咲いていませんでした。私は首を横に振りました。でもその方は優しく、さとすように言いました。
「ここに花が咲いています。見てごらんなさい。大きな花がたくさん咲いている。」
「いえ、私には何も見えません。」
「私が言っているのは、心の目で見るということです。たとえばここにある一輪の花。」
一輪の花。そんなこと言われてもどうしようもありません。見えないものは見えないのですから。心無いお言葉に悲しくなった時、私は見たのです。

闇の中に小さな赤い光が浮かび上がりました。それはすっと動いて少し曲がった赤い線を残します。それにもう一本逆に曲がった光の線が合わさると、二本で一つの形になりました。赤い光はその隣に次の形を作りさらにその先を続け、全体として一つにまとまるよう形を整えます。描かれていたのは花びらで、その花びらが幾重にも重なる大きな花になっていきました。ふちどりができあがると、今度はその一枚一枚の花びらをほのかな紅の混じる白が染めていきます。赤と白は微妙にまじりあいながら花を彩り、花のまんなかにあるおしべの花粉の黄色が点々と付くと、闇の中に大輪の花が命を得て浮かび上がるようにして、みずみずしく輝いていたのでした。

私は驚きました。村ではこんなに立派な花が咲いているのを見たことがありません。それでいてこの花はどこかで見たことがあるような気がします。花の名前は何といったかしら。思い出そうとしている間に新しい花が隣に現れました。花は先ほどよりも白く、形もちょっと違います。またその隣に今度は鮮やかな赤い色の花が生まれようとしています。花の数はどんどん増えていきました。暗闇だった私の目の前が、花に照らされて明るくなっていきます。私は思い出しました。かなり昔のこと、私は夫と二人でこの花がたくさん咲いているのを見たのでした。花を見ている私の耳元に夫は、おまえはこの花よりずっときれいだ、とささやいてくれた。あれは私たちが夫婦になる前か、それとも後のことだったか。

緑の茎が枝分かれしながらするすると伸び、緑の葉が花のすきまを埋め尽くすように次々に広がっていきました。新緑が深みを増し、一部は茶色く枯れ始め、虫食いの丸い穴が開いた葉もあります。でも花は一向に衰えることなく輝きを増していきました。小鳥が飛んできました。頭が白、体が黒で、せわしなく体を動かしながら鳴いています。誘われるようにもう一羽飛んできました。仲の良いつがいのようで、さかんに鳴きかわしているのがとてもかわいらしい。
つがいは急に飛び立ちました。羽虫でもみつけたのでしょう。すぐに舞い戻り、盛んに追いかけっこをして枝から枝へと飛び移ります。きっとこの小鳥たちには悩みなど少しもないに違いない、こんなにまじりけのない幸せも世の中にはあるんだと思ったとき、私は思い出しました。あれは山のふもとのお寺でのことでした。満開になった花が評判になり、境内はたくさんの人出でにぎわっていました。私は夫と二人して出かけ、長い行列でだいぶ待たされてから、この花を見たのでした。
「ねえ、この花の名前、知ってる?」
「これはぼたんの花だよ。きれいだね。でもね・・・」
そう、そして夫は私の耳元で、あの言葉をささやいてくれた。ぼたんの花。あの時見たのはぼたんの花。一番幸せだった時の花。私は夫とふたりであちらの花、こちらの花と、おしゃべりしながら見て回ったのでした。ほんとうにあのころの私は幸せでした。ちょうどこの歌いやまない小鳥のように。

「見えなかったあなたの目に、花が見えているのですね。では、他のものも見えるはずです。」
お坊様の言葉で、思い出にひたっていた私は夢から覚めました。赤いぼたんの花はにじんで輪郭を失い、みるみる縮んで小さな光の点になりました。他の花も小鳥も葉も、輝いていたものはみな小さくなって、たくさんの行燈の明かりがいっぺんに消えたようにあたりは暗くなりました。あとはたくさんの星がまたたいているだけです。

水の流れる音が聞こえました。星の光の間を一筋の小川が流れていました。泉から湧き出たばかりのような水に、光が揺らめいていました。いったいこの川はどこから流れてきたのでしょう。天の川なのでしょうか。それともあの谷川の水が西国浄土に近づいて、濁りも穢れもなくなったということなのでしょうか。

水の中で揺れていた光が膨らんで大きくなりました。その光の中に緑の芽が現われ、光を突き破って上へと伸びはじめました。芽はその先に大きくて丸い葉を広げました。近くでも光が次々に芽を出しては葉を広げます。次に葉の隙間からつぼみをつけた茎が天に向かって伸びていきました。高みにくるとふくらんで、先のとがった丸い花びらが幾重にも開がります。薄桃色の光が花からあふれだし、周りを明るく照らしていきました。なんてきれいなのでしょう。この花の名前は知っています。ハスです。お釈迦様の花です。花は次々に開いて光をはなち、川面は照らされて昼間のように明るくなりました。その川で何かがきらめきました。またきらめいたのでよく見れば、魚です。幾匹かの魚が群れていて、うろこに光が反射するのです。水の流れに逆らってさかんに尾を振って泳いでいました。私たちが来たのに驚いてさっと散り散りになり、しばらくすると戻ってきて何事もなかったように泳ぎだしました。

こんなにたくさんのハスの花が咲いているなんて、ここは西国浄土にちがいない。やっぱり私は死んでいて、西国浄土にたどり着いたのだと思いました。娘もここに来ているはずです。もしかするとこのきれいなハスの花は、かわいそうな娘の生まれ変わりなのかもしれません。
流れの端の方に、群れて泳いでいるのとは種類の違う魚が一匹おりました。ハスの葉に隠れるように泳いでいて、なんだかさびしそうです。花が娘ならば、この魚は私の息子なのだと思います。かわいそうに西国浄土でも相手にされず、ひとりぼっちでいるのでしょう。私は手を差し伸べたくて川の流れにひたそうとしました。私はあっと思いました。水があると思ったところに水はなく、触れるものが何もないのです。何かが指の間をすりぬけていくようには見えるのですが、指先には水の感じも冷たい感じもありませんでした。

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