ラヴェル クープランの墓から フーガ 


 (自宅で収録。ペダル踏みすぎ。)

 フランスの作曲家ラヴェルが第一次世界大戦後発表した6曲からなるピアノ曲集で、それぞれの曲が戦死した友人たちに捧げられている。そのうちの4曲はのちに管弦楽に編曲されている。なお、邦訳は「クープランの墓」であるが、「クープランをしのんで」といったほうが元の意味に近い、とのこと。

 ラヴェルは戦争がはじまると周囲の反対を押し切って軍隊に志願した。すでに有名な作曲家であり、体が小さかったこともあって、パイロットを希望するも却下され後方の補給部隊のトラック運転手の任務に就いた。ラヴェルには不釣り合いな大きなトラックを、ドイツ軍からの射程距離内で運転したこともあったらしい。初めははしゃぎ気味で元気であったのが体を壊し、最愛の母親の死も重なって、休暇を得て除隊になったあとは相当まいっていたようだ。作曲は1914年から1917年にされ、1919年に女性ピアニストのマルグリット・ロンにより初演された。なお、曲集の第6曲目トッカータは1914年に戦死した彼女の夫ジョセフ・ド・マリアーヴ大尉に捧げられており、ロンは3年間ピアノを弾くことができなかったのだという。

 この曲集は第一曲目から悲しみとか苦しみとかの感情を表に出すことはない。失った人への悲しみを表すというより、彼らとの楽しかった思い出の回想というべきか。曲集にはかつてのフランス音楽へのオマージュという意味合いもあって、優雅で上品に仕上がっている。ラヴェルらしく、技術的にも音楽的にも難しいことを、ひょうひょうと軽く飛び越えてみせているのであるが。このフーガにしてもハイテンポであっさり弾く演奏がほとんどである。しかし曲集の中では音楽に深い悲哀が込められているのが一番わかりやすい曲でもある。
 
 フーガは一つのテーマを高さを変えて次々に追いかけっこをする古い形式の音楽である。複数の人が同じ旋律を、高さを変えて時間差をもって歌いだし、それでいてきちんときれいな和音として響いているのを想像するといい。色の違う縦糸と横糸が綾なす見事な織物のような音楽である。
ラヴェルは3声のフーガを厳格に守っている。テーマはほんの2小節ほどの4つの音で成り立っている。アクセントやスタッカート、それに休符のついた特異なものである。(赤枠部分)
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 長調か短調かはっきりせず、無機的でぶっきらぼうにきこえ、魅力を感じることはほとんどできない。高声部によるテーマの提示の後、型通り音の高さをずらして中声部がはじまる。テーマを終えた高声部はその中声部のテーマの間に対旋律を奏でるのだが(青枠部分)、この対旋律は前半の上昇する音階と、下降する三連符を含む収めの部分からなっている。それがすむと低声部に型通りのテーマが現れる。一通り各声部の紹介がすむころにはこの特異なテーマが考え抜かれた末のものであることがわかってくる。アクセントは遠くに呼びかけるようであるし、休符はため息のように聞こえる。それに対旋律の音階や三連符が音楽にゆたかな広がりを与えているのがわかる。そして経過部の、静かに階段を上がっていくような音列の実に魅力的なこと。
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 この上昇する音列は対旋律が発展したものであろう。上昇音列はこの後も反転などしながら幾度か繰り返されることになる。

 再び現れるテーマには微妙な変形が加えられ、テーマが上下逆の音列(転回主題)になっていたりして、驚くほどその表情がかわる。曲の中央部に近づくと音楽は低い部分へといったん沈み込み、低いH音を基礎としてそこからしだいに高みへと次々に上昇する音の列となる。ピアノの演奏では両手がいったん左へと沈み込み、ついで左から右へと上昇しながら一つの頂点を作る。(H音は低い場所から高みへと、後半音高を変えながら5回繰り返される。まるで鐘が鳴るように。)

 後半はその頂点の続きからテーマが再提示される。曲の冒頭とは異なりテーマの途中で中声部が入ってきてテーマは2重に重なっている。ここからはまるでカノンのようにこだまし響きあいながら進行していくことになる。(これをストレッタというのだそうだ)
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その音楽が表わすものが、なんとこちらの情動に深く働きかけてくることか。ある時は疑り深く、また悲しみに包まれ、さらに気高く誇りを持って次々にテーマがたち現れる。

 そして普通では思いつかないような最後の部分へと至る。引き伸ばされた低いEの音を基礎として、対旋律の後半部分を使ってのストレッタの追いかけあいが、2つの印象的な盛り上がりを作っている。(E音は音高を変えながら3回響く。桃色で囲った音符)ピアノの先生に指導され、弾いてみて初めて気が付いたのだが、実はこのストレッタには一つの仕掛けがある。3声の横糸と和音の縦糸が複雑に綾なす中に、上昇する音型の三連符がまた違う色の糸として、途切れることなく続いているのである。特に後半部は三連符がGAH/CDE・GAH/CDE/FGA/H・DEのほぼ完全な音階になっていて(濃緑線)、低い所から高い所に向かって、まるで地上から天に至る階段のように、音が連なっている。これはラヴェルが音楽の中に潜ませた、戦死した友人への祈りではないのか、とまで思ってしまった。(もちろん想像のし過ぎにきまっている。うまく弾けなかったし。)
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 コーダの部分で3度目のテーマの提示がある。ここではテーマのストレッタが3重になっている。驚いたことにこの三声の音列は最後に至れば至るほど音が重なることで収束して音の数が減っていき、最後の単純な和音に至っていた。例の3連符は先ほどとは逆に下降する音型で連なっているのである(細緑線)。
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弾いてみて初めて分かることが多い、驚きに満ちた曲であった。

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