弱法師(よろぼし) 下村観山 (その3)

   (その2から続く)

 そんなことの間に、私の店の方でもいろいろごたごたがありました。こんなことをあなたに聞かせても仕方がないが、先代が亡くなった後、店を二分する騒動になりましてな。あのわがままな妻と番頭が組んで、店を乗っ取ろうと企てたのです。その頃には私もだいぶ自信をつけていまして、決して許しませんでした。先に手を打って確たる証拠をつかんだ後、番頭に暇をだし妻には三くだり半をつきつけてやりました。問答無用でした。奴らは私をなめていて油断したのですな。すごすごと引き下がるしかありませんでした。今でもどこかで生きているのかもしれませんが、そんなこと知ったことではありません。もっとも妾をかこった私もいけなかったように思います。店は以前ほど勢いはなくなりましたが、なんとか私の裁量だけで切り回していきました。そして時間を作っては行方の分からなくなった息子を探していたのです。

 思えばかわいそうな子でした。母に愛されるということを知らず、さびしい子供時代を送りました。容易に心を開かない人間になったのも、親の愛情が足らなかったせいなのだと思います。 そして家によりつかなくなり、身を持ち崩し、目が見えなくなってすべてを失いました。帰るところはなく、面倒を見てくれるものもいないでしょう。食べるものはあるのだろうか、夜露をしのぐ場所はあるのだろうか。どれほどつらい目にあっているのだろうかと考えていると、私はいてもたってもいられなくなります。

  世の中には着る物もなく食うものにも困って、施しを求めうろつきまわる者が数多くいます。そういった餓鬼と呼ばれる人たちを、これまでは見ないようにしてきました。町のごみと同様生きていても死んでいても気にとめることのなかった者たちを、今では一人一人顔を確かめずにはいられません。ぼろをまとい、汚物にまみれ、男か女かさえもわからない、臭くてシラミだらけのこれらの者たち。この者たちは、苦しんでいました。どこかでのたれ死ぬまで彼らは苦しみ続けるでしょう。ましてや私の息子は目が見えないのです。あの誇り高かった晴徳が、寒さに震え、飢えに苦しみ、打ちのめされて死んでいったのかもしれません。哀れでした。そして息子と同じ境遇のこの乞食たちも哀れでした。私はこの者たちに施しを行うべく、あちこちの寺で施行を行うことにしました。集まってきた乞食たちの中に息子がいるかもしれません。たとえいなくても、息子の消息が聞かれるかもしれません。盲目の乞食たちは数多くいました。病に苦しむ者も数多くいました。五体満足でなくなることは生きる糧を失うことなのだなと、しみじみ思いました。

 ある時、私は気になるうわさを耳にしました。最近四天王寺に盲目の乞食があらわれる。いつも一人で、杖を突きながらよたよた歩き、施しをうけながらなんとか生きている。ちょっとからかうと涙ながらに許しをこうのが面白く、若い衆はもちろん子供にまでいじめられている。 あちらでよろよろ、こちらでよろよろ、風が吹いてもよろよろしている様子から、いつの間にか弱法師(よろぼし)と呼ばれるようになったのだといいます。

 私は四天王寺に行ってみることにしました。寺に寄進をおこない、僧侶に頼んで施行(せぎょう)を行なうことにしました。施行と言いますのは、あの世での仏の慈悲を願い、この世で善行を行うことです。実際には大釜に粥を煮まして、食うものに困っている乞食たちに分けて与え、彼等の腹を満たすという功徳を施すのです。ちょうど春の彼岸の七日間の人の出の多い時で、乞食たちもたくさん集まってきます。きっと弱法師も来るでしょう。もしその者が晴徳でなくても、その盲目の乞食の飢えを少しでも満たすことが、息子の良い供養になるのではないかと思いました。

  ようやく長い冬が終わり、彼岸がはじまろうとする春もまだ早い頃で、よく晴れた穏やかな日々が続いておりました。四天王寺に至る西の参道沿いには梅の木が立ち並び、それぞれが紅や白のたくさんの花を見事につけて、それはたいそうなものでございました。あたりに漂う梅の良い香りに誘われて、寺に向かう多くの参拝客が足を止め、花をながめて感心しています。その客相手にもの売りが参道沿いに店を並べます。またその物売りをのぞきに人が集まってきて、時がたつにつれあたりは人でごった返すようになりました。大きな声で談笑する人たち、調子のよい客引きの声、路傍で読経している人、物乞いをしている乞食、荷車を引く馬や牛の鳴き声、それに時を告げる寺の鐘の音が入り混じってたいへんにぎやかです。参道の先には赤や緑や金色など極彩色に輝く大きな西門が建っていて、その門の下をくぐるとその先に金堂や五重塔などの四天王寺の大伽藍がそびえているのでした。そのはずれの、往来の迷惑にならない一角で、私は僧や小僧達と一緒に大釜を据えて、施行の準備を始めました。

 かまどをしつらえ火を入れて大鍋に湯を沸かし、雑穀を入れ塩魚をほぐし入れ、さらに塩を入れてぐつぐつ煮ます。あたりにはよいにおいがただよい、それにさそわれて乞食たちが集まってきました。四天王寺の僧侶は施行の口上を述べてさっさと帰ってしまい、後に残った小僧と私とで、乞食たちを一列に並ばせ、順番に椀に粥を入れて渡してやりました。
いろんな乞食たちがやってきました。柄もわからないほどぼろぼろの、服というよりは布きれを体に巻きつけたような者たちです。汚い鼻水をたらして男か女かもわからない老人。ぶつぶつ独り言を言い続ける中年男、顔面が崩れた若い女、汚いが元気はある子供、咳をしていかにも病気であるらしい女。乞食たちは熱い粥をフーフー吹きながらあわてて平らげようとし、すぐにもう一杯くれとせがみます。あまりの浅ましさを見かねながら、哀れなものだと私は思いました。あわてなくても大丈夫だからと諭しつつ、その者達にある限りの粥を食わしてやりました。しかしいくら待っても、弱法師と呼ばれている盲目の乞食はなかなか現れませんでした。

 施行をはじめて何日目のことだったでしょうか、彼岸の中日、日想観の日のことでした。日想観と言いますのは、四天王寺の西門の鳥居から夕陽を拝んで、極楽浄土に導かれることをお祈りするもので、それは功徳の高いものでございます。そのためあたりは特にたくさんの人出でごった返しておりました。 
 その日も施行の大鍋に粥を煮て、乞食の者たちに分けてやっておりました。陽も傾いて夕方近くになった頃でした。たくさんの人の中に、よろよろと歩いてくる杖を突いた乞食がいました。髪はぼさぼさに乱れて長く伸び、痩せ細った体に灰色の上着、袴はすりきれてもとは緑だったのがようやくわかるくらいです。目を閉じたまま顎を突き出して、杖でせわしなく探りながら歩いています。行く先々で人にぶつかり、そのたびにとどなられ小突かれて、体は危なく倒れそうになり、それでもようやくふみとどまって、あわれなかすれ声をあげています。施行はどちらか、施行はどちらかと繰り返し聞いているようでした。 

 私は施行を手伝ってくれている小僧に、あの乞食の名前を知っているかと聞いてみました。するとあれは弱法師だというのです。最近のこのあたりによく現れて物乞いをしているが、とくに汚いので嫌われているのだとか。私はその弱法師がふらついているのが気が気ではありません。施行の大鍋を小僧にまかせ、弱法師に近づいていきました。 

 それが我が子であるとは到底思えませんでした。私が覚えているのは得意の笑みを浮かべて肩をそびやかした晴徳丸であり、酒を飲んで生意気な口ごたえをする晴徳丸です。ところがここにいるのはそれよりも一回りも二回りも小さい、汚れて臭く、卑屈におどおどした乞食でした。施行はどちらか、と問い続けるその弱法師に、
「施行はこちらだよ。」
と優しく声をかけました。弱法師ははっと驚いた顔をして立ち止まります。
「連れて行ってやるから手を出しなさい。」 
きっとからかわれていると思ったのでしょう、弱法師は首を振って後ずさりをします。強引にその手をとってみて私は驚きました。弱法師の手は汚れてべとべとしていて冷たく、ほとんど骨とすじばかりだったからです。すぐに折れてしまいそうなほどで、生きている人間の手とは到底思えなかったからです。引っ込めようとするその手を私はしっかりとつかみ、弱法師を粥の配給を待つ乞食たちの列の一番最後に並ばせてやりました。
「さあここで順番を待つのだよ」
弱法師は見当違いの方向に何度も何度もお礼の頭を下げています。私は粥の給仕の場所へと戻り、小僧の入れた粥椀を乞食たちに手渡しを始めました。他の乞食の世話をしている間にも、私は弱法師から目を離すことが出来ませんでした。そしてその変わり果てたその顔に、昔の晴徳丸の顔の特徴をしだいに見つけていきました。秀でた額、大きな耳、筋の通った鼻。弱法師の顔の中に記憶にある晴徳丸の面影を見出し始めると、もう弱法師は晴徳丸にしか見えません。いかに変わり果てていようとも、それは確かに私の息子でした。あの一世を風靡した絵師、傲慢とまで言える自信に満ち、得意満面であった私の息子、それが堕ちるまで堕ちたなれの果ての姿でした。

弱法師の順番がまわってきました。私は弱法師の手をとり、粥を入れた椀を持たせてやりました。弱法師は粥に気をとられていたのでしょう、私が誰だか思いも至らない様子で、
「ありがとうございます、ありがとうございます」
と何度も頭を下げています。
「ほら、そんなに頭を下げていたら、粥がこぼれてしまうよ。早く食べなさい。」
私はできるだけ優しく声をかけてやりました。弱法師はそんな言葉に驚いて涙ぐみ
「ありがとうございます、ありがとうございます」
と頭を下げていました。おりしも風がそよいで梅の花が散り始め、弱法師にの椀の中にも紅の花びらが1枚、散り落ちておりました。弱法師は手渡された木匙を使って粥を口のなかへかきこんでいます。肘をあげてあわてて食べるその様子は、晴徳丸の子供の頃を見ている心持ちがしました。わたしは弱法師が遠慮なく食べてくれるよう、粥のお代わりをさせました。幾度も声をかけたにもかかわらず、弱法師である晴徳丸は私が誰であるのか気づいた様子はありませんでした。

 夕刻の日没前、四天王寺の西門の周りには多くの人たちが集まっていました。それをかき分けて、僧侶たちの一団が入ってきます。僧侶たちは西門の前から人々を遠ざけ、そこに僧侶たちは居並んで夕陽の方角を向き、太い声を一斉に張り上げての力強い読経が始まりました。いよいよ日想観の始まりです。
 周りに集まっていた人々も、一斉に西の方角を向いて手を合わせ、僧侶に合わせて読経をはじめます。太陽は西の方、遠く難波の海に沈もうとしています。みなの声が一つになってあたりに響いておりました。
私もまた西方に手を合わせておりました。弱法師を見ると椀をぎこちなく持ったままあらぬ方角に向かって手を合わせようとしています。私は弱法師の顔を沈む太陽の方角にむけ、足元に粥椀をおいてやり、両手を合わせてやりました。弱法師はまた幾度も頭を下げ、それから一心不乱に念仏を唱えはじめました。 

 西に沈もうとしている太陽の光が、まっすぐ正面から弱法師の顔にあたり法師の顔をあかあかと照らしていました。日照観の読経も終わりに近づいたころ、しばらく大声で念仏をとなえていた弱法師は声を落とし、小声でなにやらぶつぶつ言っています。そして急に素っ頓狂な声をあげました。 
「おお、見えるぞ、見えるぞよ」 
持っていた杖がかたんと倒れました。人々が弱法師の方を振り返ります。弱法師の顔に笑みが浮かび、両手を前へさし伸ばし、おぼつかない足取りでよろよろと歩き出します。そしてまた言いました。
「おお、見えるぞ、見えるぞよ。」
さっそく若い者たちがやってきてからかい始めました。
「こら、なにがみえるんや?」 
「夕陽が、まぶしい夕陽が・・・」
「夕陽が見えるのかい?そいつはすごい。」
弱法師は立ち止まり、仰ぎ見ます。
「おお、見えるぞ、梅の木が、見事な花をつけて・・・」 
おもしろがって人が周りに集まってきました。
「こいつはおもしれえ、梅の花が見えてんだとよ」
「そこには墓石がある、あああ、遠くに見えるのは・・・」
「いったい何だ?」
「海だ・・・海が見える・・・心にあった海が・・・」
「ここから海が見えるのかよ。」
「はは、日照観ていうのはすごいもんだな、おい。」
弱法師は前を向き、ふたたびよろよろと歩きはじめました。
「難波の海じゃ、あれに見えるは淡路絵島や須磨明石」
弱法師は男がわざと出した足につまづいて膝をつきます。
「ほうら、見えていねえじゃねえか」
「きれいなおなごがいるぞ、尻をからげているぞ、一緒に遊んでほしいとよ」
どっと笑い声が上がります。弱法師は聞こえていないのか、嬉々とした声をあげます。
「見えたぞ見えたぞ、紀の浦が」
おりしも僧たちの読経が終わり、三々五々に帰り始めた人に弱法師はぶつかりました。
「こら、ぶつかってくるな、気をつけろいっ。」
「危ねえな、めくらが踊ってどうするんだ。あっちへ行け。」
「あああ、ころんじゃったよ、どうした弱法師。ざまあねえな。」
弱法師は尻もちをついて泣きべそをかきだしました。
「ああ恥ずかしい。見えたなど言って。もう狂ったりはしないぞ、もう決して狂うまいぞ・・・」
弱法師は座り込んで泣きだしました。周りに集まっていた人はつまらなそうに去ってしまい、あとはただ往来の真ん中で泣いている弱法師がまるで目に入らないかのように、人々は通り過ぎるばかりでした。

 情けないことでした。私は息子がなぶりものにされている間中、助けに行くことが出来ませんでした。隠れるように見ているばかりで、脚は凍ったように動かず、一歩を踏み出すことが出来ませんでした。これで父親と言えましょうか。子を守ってこそ親ではありませんか。しかし私は恥ずかしかったのです。この盲目乞食の弱法師の父親だなどと名乗り出たら、この町衆は私をどう見るでしょう。いったい何をされることか。人々の蔑みの目を想像するだけで足がすくんでしまい、私はその場から動くことが出来なかったのです。

 小僧達に鍋を片付けさせ、日が暮れてあたりが薄暗くなり、人々がまばらになってから、私はいつまでも座り込んでいる弱法師のそばに行きました。肌寒い風が吹きだしていました。
「大丈夫か。けがはないか」
弱法師ははっと顔をあげます。
「ここでは往来の真ん中だ。立つことはできるか」 
私は弱法師を立たせ、そして道の片隅へと連れて行きます。 
「おまえはもっと元気にならなければ。帰るところはあるのか。」
弱法師ははっとして顔をあげました。 
「さきほどから親切にしてくださるあなた様は、どなた様でいらっしゃいますか。」 
「わからないか」 
「その声に、聞き覚えがある。」
「そうだ。その通りだ。」
「まさか。」 
「私はおまえの父親だ。通俊だ。」 
「ああ」 
晴徳はおどろいて飛び上がり、よたよたとわたしから逃げようとします。
「どこへ行く」
「見ないでくれ、こんな姿を。」
「私から離れていくな。」
「ほっといてくれ、とんだ恥さらしを。」
「心配するな、おまえは私の息子なのだ。」
「行かせてくれ、どうか一人にさせてくれ。」
「いいから何も言うな。帰ってこい、父の家へ」 

 私は息子を抱き寄せました。抵抗していた息子から急に力が抜けて、くずおれるようにひざまずいていきます。力を入れれば簡単に壊れてしましそうなほどやせて骨ばった体でした。私も息子の体を支えながら、その場に座り込んでしまいました。それとともに、うれしさがこみ上げてきました。やっとこれでこの子が返ってくる。小さい頃に私の手から離れ、一人で遠くに行ってしまった我が子がようやく帰ってくる。私はどれだけこの時を夢見たことか。私はこの子を手放すべきではなかったのだ。ずっと手元に置いておかなかったから、このように昔とは似ても似つかぬ姿になってしまった。かわいそうに、息子はすべてを失ったのだ。光を失った眼は、一体どれほどの闇を見なければならなかったことか。生きる希望など、とうに無くしているだろう。たとえ息子の抜け殻にしかすぎなくても、息子を再び私のそばにおき、すこしでも楽にしてやろう、そのように思っていました。

 見ることのできない息子の眼から、涙が次々に流れ落ちます。まるでこれまでの汚れを洗い流しているかのようでした。私の目からも、涙が落ちました。長かった苦しみはこれで過ぎ去ったのです。最悪の時は終わり、これからはよくなっていくのです。これからです。これから私たちは幸せになります。ささやかなものかもしれませんが、あかるく、あたたかな生活がやってくるのです。ついに希望の時がやってきたのです。


 どのくらい時間が経ったでしょう。
「見えるとぞ」 
突然息子は声をあげました。それは小さな声でしたが、これまでのように弱々しくはありません。
驚いて息子を見ると、いつのまにか息子は泣きやんで、顔をあげ、見えないはずの二つの目が何かをじっと見すえています。
「どうした?何を言っている?」
私は何が起こったのかわかりませんでした。息子の見開かれた眼は光を帯びて、雲が消えていくように次第に澄んでいきます。 
「見えるとぞ」 
「何か見えるのだ?いったい何が見えるのだ?」 
息子の視線の先を見ました。日が沈んだ後の地平の空が茜色に染まっていましたが群青の空に星が光りはじめ、あたりはすでに薄暗くなっています。すっかりまばらになった人々が三々五々と行き交い、遠くから人々の会話がひそかに伝わってきていました。
「おお、おお、見えるとぞ」
「人か、明かりが見えるのか。」 
「童子様が見える。」
「童子様?いったいどこに?」
「ほらそこに、真っ赤な体に衣を羽織っていらっしゃる。」 
「いったい何を言っているのだ、私には何にも見えないぞ。」 
「私に手招きをしてくださる。」
晴徳は立ち上がりました。
「私でよろしいのですか、童子様。・・・童子様、ただ今参ります。 」

 晴徳は虚空に目を据えたまま立ち上がり、歩いて行こうとします。行かせまいと私は晴徳の腕をつかみました。しかしいったいどこにあんな力があったのでしょう。私を突き飛ばすようにして手を振りほどき、西の、日の暮れた方角に向かって歩きはじめます。私は尻もちをつきました。空の藍色の中に星が瞬き始め、はるか先の大阪の町に明かりが揺らいでみえます。あたりは目明きの私ですらおぼつかないほどの闇がおおっています。それなのに晴徳は驚くほど早く歩いていってしまい、後姿が闇の中に消えていこうとします。
「待て、晴徳、待て」

 私は叫びながら追いかけましたが晴徳が振り向くことはありませんでした。瞬く間に私は晴徳を見失いました。私は動転しました。あたりをつまづきながら走り回り、近くの人影一人一人に声をかけ確かめていったのですが、その中に晴徳の姿はありません。道の両端には小さな僧坊がいくつも立ち並び、冷たく人を寄せ付けないように硬く門を閉ざしていました。走り回るうち、そのなかの一つの門が少しだけ開いているのに気が付きました。中の建物の明かりがわずかに洩れて見えます。私は門のなかへ入りました。梅の花の香りがつよくにおっていました。
私は何度も案内を乞いました。しばらくすると小僧が不審げに出てきて言いました。
「どなたですか。ここにどうやって入ったのですか。」
「門があいていたものですから。」
「おかしいいなあ、閉めたはずなのに。御用は何でしょう。」
「今ここに人が来なかったですか。ぼろをまとった、眼の見えない乞食なのだが 。」
「そんな人来るわけがないでしょう。あなた様はここの住職の知り合いですか。」
「いや、違うのだが。」
「ここには誰もいらしていません。もう遅い時刻です。お引き取りください。」
小僧は追い立てるように私を外に押し出し、門を閉め音高くかんぬきを下ろしました。私はあきらめて帰るよりほか仕方がありませんでした。

  (その4へ続く)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック