速水御舟 炎舞

 速水御舟の 炎舞 を見た。
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 大正14年の夏、御舟は妻と2人の子供とともに、軽井沢の別荘で過ごした。御舟31歳のときのことである。軽井沢はすでに別荘地として名が通っていたが、まだ人口は少なく静かな町だった。夜ともなればあたりは真っ暗となるのだが、別荘の庭で妻や幼い娘たちと肩を寄せ合って一緒に焚き火をした。楽しいおしゃべり、ゆらめく炎、満天の星空。しかし炎やその光に集まってくる蛾の姿をじっと見ているうちに、家庭人としての御舟のにこやかな笑顔から笑みが消え、何かを探るような画家としての鋭い目つきに変わっていった。(まあ、たぶんそんなところだろうと思う。)彼は焚き火の中に一枚の絵の幻影を見たのである。彼はその後も毎晩焚き火をした。その炎を見ながら、彼は自分の中の火の記憶をたどったのに違いない。彼の連想の中にはどんな火があったであろうか。
 夏の夜に外でたく火ですぐに連想されてくるのは、盆の迎え火、送り火である。都会では今ではあまり見かけなくなったが、当時は盆の時期に家の外で火をたくことがよく見られていたはずだ。幼いうちや若いうちに病や事故で亡くなる人は今よりもずっと多かったので、仏壇に祭ること、お盆には亡き人の魂を迎えることがごく普通にされていただろう。時は大正14年、その2年前の9月1日には関東大震災が起きている。その時御舟は東京目黒にいたはず(?)で、強烈な揺れのあった日の夜の、大火災を映して赤く染まった空を彼は見たのではあるまいか。丸2日間東京は燃え続け、何万もの人が死んだ。生き延びた多くの人に、亡き人に戻ってきてもらいたいという切実な願いがあり、ぽっかりあいた心の穴を埋めるために、大正14年の夏も盆は多くの家で大切におこなわれたことだろう。御舟も焚き火を見ながら亡くなった何人もの顔を次々と思い浮かべていたに違いない。
 炎というとらえどころのないものを実際に描くにあたり、紙の上にどう絵筆をおろすかという具体的な問題となると、簡単にはいかなかったろう。いくつかの試行錯誤がされたはずだが、出来上がった絵を見れば、御舟が日本にある伝統的な炎の描き方を踏襲していることは間違いない。例えば平安時代以降に見られる地獄絵や戦記物にみられる炎や、明王などに代表される仏像の背部にある怒りの表現としての炎などである。そういった日本人が共通にもつ様式化された炎の表現を見れば、そこには自然と日本の歴史や文化などが連想されてくる。日本の絵画表現としての火はなにかこの世にはない恐ろしい世界を表現しているように思う。そこには単に物が燃える化学反応より以前の、火を自由に扱うという文明の象徴より以前の、何かえたいのしれない、呪術的な、この世とあの世の境目の入り口というようなイメージがある。歴史的に日本の都市は火に弱く、大震災をはじめ幾度も大火にあってきたし、戦乱が終わる時はたいてい敗者が炎に包まれる時であった。現代の日本人にしても死後火によって葬られるのがあたりまえになっている。日本人にとって火は滅びにかかわる重要な意味を持っている。
 炎舞の絵では、炎の周りに蛾が描かれている。蛾は人の魂の表現である。人は死ぬ時、その霊魂は体から抜け出して空中を浮遊していく。上空に上がるとゆっくりと旋回し、しだいに離れ、また戻り、生きている人達の間をしばらくさまよう。通夜があり、葬式があり、日が経つにつれて霊魂は少しずつ遠くに行ってしまうのだが、まだこの世に執着があるために時折生者の元に帰ってくる。無念の思いとともに突然生を断ち切られた人の霊魂にとってはなおさらである。死んだ人のことばかりを思っていると、身の回りのそこかしこにその人の気配を感じることがよくある。それは死んだ人の霊魂がその時そばに戻ってきているからで、たとえばそれが蝶や蛾などといった小さな生き物などの姿を借りていることもある。翅の文様は華麗であり、不規則にふわふわと飛ぶその様子は人間の霊魂が宿ったものにふさわしい。大震災の後、東京をはじめとする被災した地域には多くの霊魂がさまよっていたはずで、御舟がそれを感じないはずはなく、この絵の中には鎮魂の意味も込められていると私は思う。
 御舟は蛾のスケッチのために、夏の間、何匹もの蛾を捕らえ、それをひたすら描き続けた。蛾の描写は、文様がよく見える標本のような形で様式化され、炎の先端を中心に配置されている。はじめからこの構図を考えていたのだろうか。最初は炎が広がっていく形で描いたのではなかろうか。火は点火されると放射状に燃え広がっていく。日本の古い絵巻物でも炎の表現は風にあおられなどしながら広がる形だった。しかしそれでは絵が散漫になってしまう。逆に先端に向かって収束していく日本絵画史上なかった炎の表現を御舟はとった。炎の先端に意識が集中し、その中心を巡る強い執念が舞い飛ぶ蛾によって表現された。霊魂が執着するものは、この世にありながらもはやこの世のものではなくなる。この絵の中心には、異界へと通じる扉が開いている。


 速水御舟はこの絵を軽井沢の別荘で描いた。軽井沢は誰しもが何がしかのイメージを持っている有名な避暑地である。この土地は、若いころ私はある小説を読むことで知った。朝の霧の中の散歩、林の中をちらちらとさし込む陽の光、山の斜面を朱色に照らす夕日、心が離れていってしまう恋人、などはいまだ私の空想の世界の中にある。現実の記憶としては、数十年前に日帰りで立ち寄ったくらいのもので、まだ昔ながらの静かな軽井沢の名残りがある頃だった。今では教会の周りも小東京のような小奇麗な店が並んでいて昔の面影はないと聞く。昔のイメージを大切にしたいのならばもう行かない方がよいのかもしれない。いつかは別荘を借りてひと夏でもすごしてみたいと思っていたのだが、今の私にはそんな余裕も気力もつきているので、どうやらそれを実現する時期を逸したようだ。現実に実現してしまうとつまらなくてがっかりしてしまい、かえって想像していた方が楽しくてよかった、ということになるかもしれないから、とでも言い訳をしておこう。軽井沢は記憶の中のあこがれの避暑地のままでいい。
 もし別荘を借りるとすれば、場所は少し不便でも、敷地が生垣で囲まれていて、入り口から建物まで距離がある、ちょっと広めのものがいい。私は仕事を休んで家族づれで1週間、いや2週間ほど滞在する予定をたてる。数冊の本とノートとペンを荷物に入れて到着、三角屋根にバルコニーのあるこじんまりとした白壁の建物で、中に暖炉でもあれば私は充分満足だ。子供たちはおおはしゃぎで建物の中や外を走り回り、妻が荷物の整理しているのを手伝ったりしていると、すぐに時間は過ぎる。夕暮れの美しい空が暗くなれば庭で焚き火をしよう。夜が明ければ付近を散策。しかし、はじめのうちは面白がっていた家族も、テレビもなくゲームもない別荘生活は2、3日もすればすっかり飽きてしまう。静かにのんびり過ごしたいと主張する私だけを残して、皆都会の自宅に帰ってしまった。いや別に夫婦仲が悪いわけではなく、互いに自由にしているだけなのである。
 自由に時間を使うことができるなんて何年ぶりのことだろう。昼は散歩をしたり、本読んだりしてすごし、夕暮れからは一人焚き火をした。夏とはいえ軽井沢は日が暮れると温度が下がり、半そでではいられない。夕方から雲が出てきて星空は見えないが、雨が降るというほどでもなく、私は長袖にもう一枚重ね着をして、じっと焚き火に見入っていた。いろんなことが思い出された。昔学校の林間施設でのキャンプファイアーでは級友たちと一緒に火をかこんでお決まりの歌を歌ったし、フォークダンスでは女の子達の顔が、光の陰影ではじめてみるように綺麗だった。それから忘れていたこともいろいろ思い出されて、中には気持ちのちょっとした行き違いからそれを修正することもできずにそのままになった人がいる。最後はよそよそしくなって別れたけれど、また会ってみたいなあ、ちょっとこわいけれど、などとという人も。男の顔、女の顔、思い出す顔はみな若く、こんな私にもいろんなことがあったのだと、思い出は尽きなかった。
 焚き火に一匹の蛾が飛んできた。大きさは片手ほどにもなるだろうか、青白い翅に目玉のような文様がある美しい蛾だ。火の周りを飛び回って煩わしいので、追い払おうと手を振ったところが、蛾は逃げようとしたはずみに焚き火の炎にあおられてしまった。翅の一部が焼けて飛べなくなり、地面に落ちてもがいている。暗闇の見えないところにやってしまおうと木の枝で軽くはじいたところ、蛾は残りの翅をばたばたさせて、地面の上を旋回して焚き火の中に飛び込んでしまった。ちりちりと体が焼け、生臭いようないやなにおいがして、蛾は火の中で黒く動かなくなった。いやな気分になってからだをそらした時、ふと何者かが近くにいる気配を感じた。はっとして私は周囲を見回し背後をふりかえったが、ただ闇が広がっているだけである。背中にぞっとする冷たい感覚がおりてきて、あわてて焚き火を消して別荘の建物の中に入った。
 何とも落ち着かない気分で 別荘の薄暗い電灯をすべてつけた。部屋の暖炉に薪を組み焚きつけを用意し、なれない点火作業でだいぶ手間取ったが、ようやく火を起こすことができた。炎が静かに上がってくるのを見て、心底ほっとしてひじ掛け椅子に腰掛けて、ぼんやりと火を見ていた。あたたかくてよい気持ちになった。
 うとうとと眠ってしまったようだ。どのくらい経ったのだろう、ふと目がさめると部屋の中は暗くなっていたが、まだ暖炉の火は赤々とよく燃えている。電気をいつ消したのだろうと寝ぼけた頭で思い、薪を足そうと椅子から立ち上がろうとしたとき、部屋の中に人がいるのに気がついてびくっとした。
 「おどろかしてごめんなさい、山から下りてきたらすっかり道に迷ってしまって、戸が開いていたので勝手に入ってしまいました。」暖炉の明かりで見えたのは女だった。山歩きの服装ではあったのだが、さほど若くはない顔に、どこか見覚えがある気がした。「これは、こんばんは。それは、さぞお困りでしょう。」いったい誰だったか思い出せない。「町へはどうやって行ったらよいでしょうか」話しながら女はじっと私の顔を見ている。表情がない。これはいったい誰だったろう。「そこの門を出て、左にまっすぐ行けばよいですよ」私は必死に記憶の中を探っていたのだが、どうしても思い出せない。「暗い中をずっと歩き回っていたので、すっかり疲れてしまいました、お水をもらってもよろしい?」そう言いながらも能面のように表情を変えなかった。「ええどうぞ、タクシーでもお呼びしましょう」私は立ち上がろうとしたのだが、手も足も、金縛りにあったように動かなかくなっているのに気がついた。あっと驚いて女の顔を見たがその表情は変わらない。「おかまいなく、私一人で行きます」そう言いながら女もじっと私を見たままだった。私は女から目をそらすことができない。体がどうしても言うことをきかなくて、動悸がしてじっとりと汗ばんできた。「私は山の方にいました。あれから、ずっと。あの夜から。・・・まだ思い出しませんの。」
 暖炉の中の火がついている薪がばちんとはぜて、火が暖炉の外の女の足元近くに転がり出た。そこには焚きつけに使う紙きれなどを散らかしたままだった。新たな炎が立ち上がり、次第に大きくなった。部屋の中が炎で次第に明るく照らされていく。白い煙が立ち昇り、部屋の中は天井から白くかすみだした。
 「今晩まで、あなたがここに来るのを私はずっと待っていたのよ、長い間だった、あなたが浮かれ騒いでいた間、いい気になって好き放題をしていた間、ずっとあなたを待っていたのよ。」炎が床の上をさらに燃え広がり、女の服に火がついた。それでも女は動かない。女の足元から炎が舌なめずりするように女の体を包んでいった。髪が焼け、炎にあおられて顔が醜くひきつれていく。やけどでひきつれた女の顔。私は思い出した。決して思い出したくないことだった。ほんの出来心で始まった最悪の記憶を、私は忘却のかなたに押し込んでいたのだ。「そんなつもりじゃなかったんだ、あんなことになるなんて思ってもいなかったんだ」火の中で焼けただれた女の顔が笑い声を上げた。「やっと思い出してくれたのね、やっと私のことが誰だかわかったのね」そして一歩一歩私のほうに近づいてくる。私は動くことができず、女の顔から目をそらすことすらできない。火は壁一面をおおいつくし、いまや天井までも炎が達していた。上から白い煙が部屋全体に降りてきた。
 「あなたが私を呼んだのよ。だから私は来た。」
 女は焼けただれた両手を広げた。女の影が黒く濃くなり、私の上に覆いかぶさってきた。

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