ボストン美術館 浮世絵名品展を見て

ボストン美術館 浮世絵名品展を山種美術館に見た。

鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽の浮世絵をまとめてみた。それからほかの作家の絵も少し。
浮世絵を見ていて誰でもおもう疑問は女性の顔である。誰の顔もどの顔も同じである。斜め前45度あたりから描かれた、細面で細いつり目 すっと通った鼻におちょぼ口。浮世絵師はなぜもこう同じ顔を描いていて、不思議に思わなかったのだろう。
 もともと日本には人の顔を描くのに表情をつけないという伝統があった。源氏物語絵巻の引目鉤鼻、室町時代の能面など、見るもの想像で人物に感情付けを行なうという手法である。多分そういった伝統を引き継いだ上に、浮世絵の美人画があった。一方日本には絵巻物に見られるような表情豊かな庶民の描出もあった。こちらの流れが主流にならなかったのは、さまざまな表情の描出が美しいものとして認めていなかったからに違いない。

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 歌麿 青楼仁和嘉女芸者 茶せん売 黒木売 さいもん
 歌麿の三美人シリーズは構図が安定するためかいくつかあるようだ。表情に微妙な差があるというけれども私にはわからない。それぞれを区別しているのは着物などの小道具でようやく名前が知れる仕掛けとなっている。出版された江戸時代の当時、浮世絵を見た普通の人たちに3人の差はわかったのだろうか。顔の部分だけ出して これだれだ ときいてもモデルの名前は出てこなかったろう。当時の人にだってわからなかったに決まっている。
いまとは美人の基準が違う。美しい女性といった時の顔はこうだ、という決まり事だったのだろう。目が大きくてきらきらしていて、ぽっちゃりとしていてはじけるような笑顔の、などという女性が(好きな人も多いだろうが)、浮世絵では描かれてこなかった。

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歌麿 虚無僧と美人
これは托鉢して家々を回っていた虚無僧と町娘が話しているうち実は双子の兄弟であることがわかったときの絵である。・・・そんなわけないか。

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鳥文斎栄之 茶や娘見立雁金五人男

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マトリックス・レボリューションズ
コピー人間は未来の世界の話ではなくて、すでに江戸時代の町中にコピー人間があふれていた。

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歌麿 契情婦美姿 八
表情の描き分けとなると話が違う。左の新入りと思しき若いのがいろいろ言い訳しているのを 右二人の先輩が笑っている、まだ駆け出しのころの絵なのだそうだが、その表情のみずみずしさに驚いた。

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歌麿 青楼十二時 続「丑の刻」
じっとみていると、なんとも意味深と言うか、見てのとおりと言うか。歌麿の計算どおり変にそそられて、朱色の襦袢の下のことまで想像して、まったく男というものはその手に弱い。ところで、夜中の用たしは彼女らの業務でありました、たぶん。男性とのアレのあとは膀胱炎になりやすいのである。抗生物質のなかった当時、膀胱炎を治すのは一苦労だったはずで、こじらして腎盂腎炎にでもなろうものなら命が危なくなる。その膀胱炎予防にアレのあとの排尿が有効なのである。

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 歌麿 真柴久吉
 やりすぎでしょう。秀吉と三成が男色関係で、後ろでは小姓が舌出して、いったいどこに手を突っ込んでいるのか。お上に罰せられそうだと思わないわけがない。なぜ命を懸けてまでこのような表現をしなければならなかったのか、不思議になる。そして今やこの悪ふざけのすぎる絵が芸術品でございますと美術館に陳列されているのもおかしいし、それを暇なおばさんたちの団体がわけもわからずじっと見ているのも変だ。歌麿は現代人をも嘲笑し続けている。

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 写楽 松本米三郎のけはい坂の少将、実はしのぶ
 顔の個性の無さに異を唱えたのが写楽だ。版画作品は個性的で面白い。見ていて、なぜ写楽の活動時期が短かったのかよく納得できた。みんなかっこわりぃーのだ。人を戯画にしてしまって。もうちょっと見栄えよくかけなかったものか。モデルになった実際の役者の方が見た目はよかったのではないだろうか。描かれた役者はさぞ面白くなかったろう、クレームをつけたことは想像に固くない。購買する側の人たちも、これじゃあねえなんともならない・・・とちっとも売れなかったに違いない。伝統的な美人画に少し妥協しておけば、もっと長く活動できたろうに。写楽はやりすぎた。
 彼の影響を受けた作家がでなかったことから見ても、彼がいかに当時の美の基準を無視したのかがわかる。

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