没後120年 ゴッホ展を見て

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 国立新美術館にゴッホ展を見に行った。
 色彩豊かな 灰色のフェルト帽の自画像 これは昔見たことがある。派手な色彩なのに陰鬱な表情でこちらをみていて、居心地が悪くなる。以前見たのは30年以上前ではなかったろうか。この展覧会ではいくつか印象に残った事があって、それを書いておこうと思う。
 展覧会ではゴッホが影響を受けた画家の絵がゴッホの絵と並んで掲げられている。同時代の、参考図譜といった単なる商品陳列ではない。展覧会の企画者は鑑賞者に問いかけをおこなっている。なぜこの絵がゴッホ展に選ばれたのでしょうか、ゴッホはこの絵を見たかもしれないが、何を見て何を吸収したか、あなたにはわかりますか。そしてどのようにゴッホの絵が変わっていったのか、わかってもらえますか。美術館が出してきた挑戦状の答えを、鑑賞する側はおのずと考えてしまうわけで、なかなかに面白かった。

 はじめに、自画像 の挨拶から始まった。色彩が地味な方の、私ははじめて見る絵だ。最も背景の紫が今は色あせてしまったので、描かれた当初ははではでしい絵だったのだろう。なんとも不機嫌そうな男の顔。こんなにこわい顔で外が歩けるだろうか。こんな顔になるのは、多分一人きりでいる時、自分自身と対峙している時のはずだ。ここにはどうしようもない孤独感がただよい、幸福のかけらすら感じられなかった。
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 次の絵は 曇り空の下の積み藁 という一見して最晩年だとわかる絵。というのも不吉なカラスの群れが飛んでいるからだ。風が強く吹き、空は荒れて、小雨でも降っていそうな天気だ。その中を向こうからカラスが飛んでくる。カラスが運んでいるのは、たぶん、彼の死。カラスは彼めがけて飛んできて彼を襲う、そのとき彼は銃弾を腹に打ち込んだというわけだ。なぜ美術館員はこの2枚の絵をはじめに並べたのか。たぶん、こんな顔をした男が、こういった場所で死を選んだ、ということを2枚の絵でまず示したかったのだろう。

ゴッホが画家になろうとしたごく初期からの素描が展示されている。
はじめは、へたくそ。デッサンがくずれていて、手が長すぎたり、肩が一体どこについているのかわからなかったり。何よりも動きが固い。そんな技量の絵が急速にうまくなり、初期の大作 ジャガイモを食べる人々 に至る。このころのゴッホが選んだ絵画の対象の世界は狭く、主に貧しい農民でありその労働であり、それがほとんどを占め、ほかのものを描くことはほとんど無かった。題材は狭いが、その精神性は深い。深いといってもそれは当時のバルビゾン派などの影響をもろに受けていることが、展覧会では明らかになっていた。
初期の絵には彼が何を描きたかったのか、という絵画の対象に対するテーマがはっきりしている。書きたいことがはっきりしていて、それに対する強い共感を持っている。共感があるということは、仲間意識があるということ。暴力的な資本主義社会の中で、底辺の虐げられた人と共にいようというその姿勢がはっきりしている。社会主義や労働運動という考え方が知られるようになり、それを支持する多くの人たちがいた。社会の問題点を見つめようとしていた人たちとゴッホは連帯感を持っていたのだと思う。
ところが、パリにでて絵画が色彩豊かになっていくと共に、絵画対象へのテーマがなくなっていく。絵は格段にうまくなり、ゴッホの強烈な個性が前面に出て、ゴッホがゴッホらしくなるにつれて、彼は何かを失ったのではないか、と思う。それは人々との連帯感。連帯感があっては独創的な絵画は生まれない。独創的な仕事をするということは一人ぼっちであることを意味する。しかし、連帯感である誰かにつながっている感じは彼の生き様を支える重要なものだったのではないだろうか。この世とつながる糸だったのではあるまいか。
初期と後期の2つの絵を並べてみよう 初期の 女の頭部  と  後期の ある男の肖像である。
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前者は色が陰鬱で悲劇的 同情的、連帯感 ステレオタイプ。後者は 色彩的 独創的 拒否的で孤独。
ジャガイモの絵を比べる 
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初期の泥のついたくらい絵のジャガイモには、農民の汗と涙の結晶なのだという主張があるが、後期の絵は、それは美しいかもしれないが、そういった絵の持つ汗臭い精神性がなくなっている。
初期の絵を描いている間は、彼には確固たる信念があった。幸福でさえあったろう。
後期になるにつれて、なぜ、描いていくのかという問いに答えられなくなっていった 色彩を獲得すると同時に、彼は目に付くものなんでも書くようになる。本当は書くべきものを見失っていったのだと思う。一人道を切り開いていったもののどうしようもない孤独。ゴッホがゴッホらしくなるにつれて、彼の絶望は深まっていく。境界型パーソナリティー障害を抱える彼にとってはつらくなるばかりだった。
 アルルの黄色い家でゴーギャンを待っていたゴッホは椅子にろうそくを置いた絵を描いた。ゴッホにとってゴーギャンは希望のともしびであったわけだ。彼によってゴッホは人とのつながり、連帯を取り戻すはずだった。この思いっきり期待値の高い絵を見てゴーギャンはどう思ったろう。通常ならば背中がぞくぞくっときて、なにかやばい予感がするところだろう。ゴーギャンは自己中心的で図太かったから、平気だったのだろうか。そしてたった2カ月での破局。また糸が切れた。
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花の絵がならんでいる。これもまた美術館員の謎かけである。 ラトゥールの静物(プリムラ、梨、ザクロ)、ラファエリの野の花の2枚の絵に並んで ゴッホのバラとシャクヤク1886,6月、花瓶とヤグルマギクとケシ1887夏、マルメロ、レモン、梨、葡萄1887,9-10月が並べられていた。
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ひとつの壁に5枚の絵。壁から離れてみるとよくわかる。ラトゥールはテーブルの上に完結した小宇宙を現出させている、その精神を学んだ。ラファエリからは色彩、絵筆のタッチなどを学んだ。3枚のゴッホの絵が描かれた期間は、ごくありふれたバラの花から、これがゴッホかと驚く青をもつヤグルマギク、そしてゴッホ以外誰にも描くことができないマルメロの絵まで、わずか1年と少し。特に2枚目と3枚目の絵の間にはわずか1-2ヶ月しかない! 信じられないようなその上昇速度のエネルギーに圧倒される。
 
 展覧会最後の油絵は、彼の死に場所である麦をモチーフにしている。麦がリズミカルにくりかえされて、麦が麦でなくなり文様化している。この絵は殆ど20世紀の画家の絵といってよいように思う。主催者は、ゴッホが20世紀の扉を開いた人であることを示したくて、この絵を最後に持ってきた、というわけだ。そして扉を開いた後、この世との糸が完全に切れた彼は自殺してしまう。
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